かつて、北朝鮮には「パックントン」と呼ばれる者が存在した。正式には「ウェファワ・パックン・トンピョ」(外貨と替えた金券)という名称で、その名の通り、外貨と両替した場合に渡される外貨兌換券で、1979年から発行が始まった。
資本主義国の通貨と両替した青いパックントンと、社会主義国の通貨と両替した赤いパックントンがあり、一般の北朝鮮ウォンと同じ価値を持つことにされていたが、実際は数十倍で闇両替され、前者のほうが価値が高かった。
ところが、当局がパックントンを乱発してインフレーションを招き、外貨商店は客から受け取ったパックントンを通常の北朝鮮ウォンに交換できない状況となり、パックントンの価値は急激に下落。徐々に使われなくなり、2002年の「7.1経済管理改善措置」で廃止された。
そんなパックントンが今年になって再び発行され、デイリーNKはその画像を入手した。発行元はかつての貿易銀行ではなく中央銀行となっており、名称は「トンピョ」(金券)、発行年度は「チュチェ110(2021)年」となっている。ただ、北朝鮮各地の内部情報筋に確認した結果、これが発行された事実を知っている、また実物を見たことがあるのはごく一部の幹部に限られることがわかった。
北朝鮮では、不動産から日々のおかずに至るまで、広い範囲で北朝鮮ウォンではなく外貨が使われてきたが、度々外貨使用禁止令が出され、そのたびに有耶無耶になることを繰り返してきた。最近では今年6月に出されているが、混乱を引き起こした挙げ句、なかったことにされてしまったようだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面トンピョ発行の公表は、外貨使用禁止令の布告とセットで行われるはずだが、今のところそのような動きはなく、依然として外貨が普通に使われているとのことだ。
(参考記事:外貨使用禁止令に為替レートの急激な変動…混乱気味の北朝鮮経済)
平壌のデイリーNK内部情報筋は、市内の楽園百貨店、金星商店などの外貨商店では依然として米ドルが使われており、市内のどこにもトンピョの発行、受け取り方、使用方法と外貨使用禁止に関する布告は貼られていないと伝えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平安南道(ピョンアンナムド)、平安北道(ピョンアンブクト)、両江道(リャンガンド)でも事情は同じで、トンピョ発行については知らされておらず、商店では米ドルや中国人民元が使われているとのことだ。
ただ、前述の情報筋は、もしトンピョの発行が発表されても、使おうとする人は少ないだろうと見ている。銀行や北朝鮮ウォンに対する信用があまりにも低い上に、「国が滅びても、米ドルや中国元は持っていなければならない」(情報筋)という外貨至上主義が根強いからだ。また、上述の通り、当局がパックントンを乱発して価値が下落、大損をしたというトラウマも、トンピョの普及のネックとなるようだ。
今回のトンピョの発行の目的は、今までの数々の政策から類推すると、国内で流通する外貨を国庫に納めることと思われるが、何をどうやっても毎回失敗に終わってきた。当局が発行量をコントロールすることなく、トンピョの使用を強制すれば、人々は保有している外貨を使おうとせず、市中の外貨流通量がむしろ減ってしまう結果を生むことが考えられる。また、公式レートと市場レートの乖離がひどくなることもあり得る。
(参考記事:何度失敗しても懲りない北朝鮮の外貨強制預金)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
情報筋は「失敗した政策を再び打ち出さなければならないほど切羽詰っているのではないか。発行はされたが、施行ができずにいるのを見ると、党も大いに悩んでいるようだ」と述べた。