「北朝鮮で生きていくのに、ドライバーほどいい仕事はない。企業所から穀物、野菜、薪を運べて、分前ももらえる。キムチ用の大根や白菜を運べば、いちばん新鮮なものをふんだんにもらえた」

北朝鮮で企業所のドライバーとして働き、ある事情で韓国にやって来た脱北者のキム・チュニル(仮名)さん。ドライバーだったころを思い出して、北朝鮮での生活が懐かしいほどだと語る。

「車を必要とする人からガソリンを分けてもらえるので、自分はガソリンを買わずに運転だけすればいい。食事も自宅ですることはあまりなかった。外で接待してもらえるからだ。他に運送手段がないから、皆が車を使いたがる。仕事で長距離を走る時は商売をした。道端で乗せてほしいと手を振る商人を数人乗せてあげれば、お酒とタバコがもらえた」

韓国では、満18歳以上の人なら誰でも運転免許が取得できるため、憧れでも何でもない。。しかし、北朝鮮で免許の取得は困難を極め、免許を取得して職場で車をあてがえてもらえば、食うに困らないからだ。

キムさんは「ドライバー生活で、一度だけ困ったことがある」と、昔の話を始めた。

「企業所の職員に配給する、越冬用のキムチの大根と白菜を運んでいたときのことだ。簿記員(会計担当者)の分け前としてそれぞれ1トンを取っておいた。ドライバーだけがネコババすれば、簿記員にバレて問題になるからだ。ところが、新しくやってきた簿記員がやけに真面目だった」

「『こんなやり方はダメだ、受け取れない、元に戻しなさい』と怒鳴りつけられた。『見なかったことにしてくれ』と頼んだが聞き入れてもらえず、彼女の分も自分の分も元に戻すことになった」

「1995年に配給が途絶え、一番最初に餓死したのが彼女だった。党を信じて配給が来るのを待ち続けたが、結局来なかった。食べ物がなくて、人が次から次へと死ぬ状況だったが、自分を含むドライバーで餓死した人は誰もいない」

北朝鮮の運転免許は7等級に分けられている。トラックや乗用車などは4級までで、それ以上はトラクターや掘削機などの特殊車両が運転できる等級だ。

運転免許を取得するには、自動車養成所で1年間、運転技術のみならず、車の構造から修理方法までを覚えなければならない。試験に合格しても、もらえるのは免許証ではなく修了証(卒業証書)だ。

それを持って、道の保安局(警察本部)の車両管理課で手続きをして、ようやく免許を受け取れる。しかし、すぐには運転できない。

まずは3〜5年、ドライバーの助手になって、さらに運転と修理を学ばなければならない。その後、所属する工場、企業所にワイロを納め、車をあてがえてもらってようやく運転ができるようになる。

それから無事故で3〜5年走った上で、試験に合格すれば3級に昇格できるが、北朝鮮のほとんどのドライバーは4級だ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の金策(キムチェク)市でドライバーをしていた脱北者のチェ・ヨンチョル(仮名)さんは、次のように語った。

「3級以上をもらうには、国家公認試験で合格しなければならない。3級所持者は大卒者と同じ扱いだ。3年制の徳川(トクチョン)自動車単科大学を卒業しても、成績が極めて優秀でない限りは、4級しかもらえない。それで、30年以上ドライバーをやっても4級の人がほとんどだ。金策には、2級以上の人は2人しかいなかった」

「最高級の1級をもらうには、自動車の設計ができなければならない。

このようなシステムにはそれなりの理由がある。北朝鮮の道路事情は劣悪で、車検などの定期的な検査、メンテナンスのシステムがないため、車はよく故障する。また、老朽化した車も多い。

「北朝鮮で運転するにはライター、コメ、水、鍋が欠かせない。ドライバーの命だ。車が故障して動けなくなったら、何日も工場から修理担当者がやってくるのを待たなければならないからだ。」

冬に高速道路や夜の山道で車が故障すれば、命を落としかねないのだ。

北朝鮮で免許を取るもう一つの方法は、軍隊に入ることだ。

朝鮮人民軍(北朝鮮軍)には、自動車養成所があり、運転兵を養成する。高等中学校(高校)を出た新兵は、養成所で1年間教育を受ける。咸鏡南道(ハムギョンナムド)栄光(ヨングァン)郡の五老(オロ)自動車養成所と、咸鏡北道清津(チョンジン)市の羅南(ラナム)自動車養成所が、地域では有名だ。

訓練後は舞台に配属され、運転兵として勤務する。除隊後は、道保安局の車両管理課で一般の免許証に切り替えなければならないが、この際に等級が1つ落とされる。軍で訓練を受けた運転兵は、信用度が低いためだ。

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