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白書によると、国連の制裁歴史は強権と専横で塗られた犯罪の歴史である。

国連史上、初めてとなる制裁決議は、米国のそそのかしの下で国連安保理が以前のローデシア(現在のジンバブエ)の独立宣言を国際平和と安全に対する脅威と言い掛かりをつけて1966年12月16日に採択した「決議第232号」である。

ローデシアに対する制裁決議の採択から始まった国連安保理の越権行為に対する非難は続いたが、米国は自分らの気に触る国々を転覆するという目的の下で国連安保理を発動して1990年にはイラク、1991年にはユーゴスラビア、1992年にはリビアとカンボジア、ソマリア、リベリア、ルワンダに対する制裁決議を引き続きつくり上げた。

白書は、国連の対朝鮮「制裁決議」は適法性と道徳性、公正さを喪失した犯罪的文書であるということについて暴露した。