マレーシア警察は24日、13日に殺害された北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏の遺体から猛毒のVXが検出されたと発表した。遺体の目の粘膜と顔に付着した成分を分析して検出したという。

「いとこ」も殺害

VXは猛毒の神経剤で、日本ではオウム真理教がテロ事件に使用していたことで知られる。ちなみに、化学兵器禁止条約はVXガスの使用、製造、保有を禁じているが、北朝鮮は同条約に加盟していない。

VXはサリンの100倍もの毒性があると言うから、これが正男氏殺害に使用されたと見る向きは多くなかった。実行犯とされるベトナム国籍の女性らが、素手に塗り付けて使用したと供述しているためだ。VXは皮膚からも吸収されるため、女性たちも死んでしまう可能性があった。また、VXが気化して空気中に広まれば、周囲の人々も死んでしまっただろう。

ただ、「VXを薄めて使用した可能性は否定できない」とコメントしている専門家もいる。国家的な関与の疑われている北朝鮮が、そうした技術を開発したということなのだろうか。

一方、韓国の拉致被害者家族でつくる「拉北者家族会」の崔成龍(チェ・ソンヨン)代表は23日、北朝鮮の情報機関に近い消息筋の話として、同国の朝鮮人民軍第810軍部隊の傘下にある「生物技術研究院」に2014年12月、正男氏殺害の指示が出ていたと明かした。真偽はわからないが、気になる話だ。

なぜなら北朝鮮の朝鮮中央通信は2015年6月6日、正恩氏が同軍部隊傘下の「平壌生物技術研究院」を視察したと報じており、同じ研究所を指すとみられるからだ。

北朝鮮メディアによれば、同研究院では、病害虫を駆除するために使われる生物農薬などを研究開発、生産しているという。視察した正恩氏は、成果の報告を受けながら「病害虫をほぼ100%殺せる」と喜び、満面の笑みを浮かべている(上の写真)。

何事にも表情豊かに反応する正恩氏だが、このときの笑みには意味深なものがあったのだろうか。

ちなみに同研究所を巡っては、米ジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」が同年7月9日、「生物兵器の生産が可能」であると指摘するメリッサ・へナム不拡散センター研究員の論文を掲載。北朝鮮が猛反発する一幕があった。

他方、朝日新聞は24日、情報関係筋の話として、正男氏殺害の中心と見られるのは北朝鮮の偵察総局19課で、同課のチェ・スンホ課長は、1997年に正男氏のいとこで韓国に亡命した李韓永(イハニョン)氏がソウル市郊外で射殺された事件で、実行犯の一人だったと報じた。

今後、正男氏の死因が特定され捜査が一段と進めば、このような背景がより鮮明に浮かび上がってくる可能性がある。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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