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日本研究所研究員のラ・ミョンソン氏は「労働新聞」に掲載した論説で、日帝が体裁のよい「保護」という看板を掲げて脅威・恐喝と強迫、詐欺の方法で「乙巳5条約」をねつ造し、それを口実にして1906年2月1日、ソウルに正式「朝鮮統監府」を設置して「統監」統治を実施したと明らかにした。

論説は、日帝の「統監府」設置と「統監」統治は本質上、朝鮮の自主権と尊厳を乱暴に蹂躙(じゅうりん)、抹殺し、全域に対する植民地支配を実施するためであったとし、次のように指摘した。

「統監」は、朝鮮の立法、司法、行政、軍事統帥権などすべての権限を奪い取った最高統治者であった。