1906年に韓国統監府が設置されて111年目にあたる2月1日、北朝鮮の各紙が「日帝の罪悪を暴く日本研究所研究員らの論説と記事」を掲載したと朝鮮中央通信が報じた。

同通信によると、日本研究所研究員のラ・ミョンソン氏は労働新聞に掲載した論説で、「日帝の『統監府』設置と『統監』統治は本質上、朝鮮の自主権と尊厳を乱暴に蹂躙、抹殺し、全域に対する植民地支配を実施するためであった」と指摘。

また、「日帝が設置した『統監府』を通じて分かるように当時、わが国の最高統治者は朝鮮封建政府の皇帝ではなく日本の『統監』であり、統治機構は朝鮮封建政府ではなく日本の『統監府』であった」と主張した。

同研究所研究員のキム・ホンフィ氏も民主朝鮮紙に掲載した記事で、「日帝が『統監統治』を実施しながら膨大な侵略軍を駐屯させて朝鮮を軍事的占領地帯に転変させた。野蛮な憲兵警察制度を樹立していささかの反日的要所も無慈悲に弾圧した」と糾弾した。

朝鮮中央通信の報道全文は次のとおり。

日本研究所の研究員らが朝鮮に対する「統監」統治を実施した日帝の罪悪を暴露

【平壌2月1日発朝鮮中央通信】1日付の各紙は、日帝が朝鮮に植民地支配機構である「統監府」を設置した時から111年になることに関連して日帝の罪悪を暴く日本研究所研究員らの論説と記事を掲載した。

日本研究所研究員のラ・ミョンソン氏は「労働新聞」に掲載した論説で、日帝が体裁のよい「保護」という看板を掲げて脅威・恐喝と強迫、詐欺の方法で「乙巳5条約」をねつ造し、それを口実にして1906年2月1日、ソウルに正式「朝鮮統監府」を設置して「統監」統治を実施したと明らかにした。

論説は、日帝の「統監府」設置と「統監」統治は本質上、朝鮮の自主権と尊厳を乱暴に蹂躙(じゅうりん)、抹殺し、全域に対する植民地支配を実施するためであったとし、次のように指摘した。

「統監」は、朝鮮の立法、司法、行政、軍事統帥権などすべての権限を奪い取った最高統治者であった。

日帝は、「統監府および理事庁官制」のねつ造を通じて「統監」が総督同様の権限を行使できるようにした。

これによって「統監」は日本王の直属になり、わが国で日本政府を代表して外交関係問題に関連する法令や条約を停止、取り消すことのできる権限、「統監府令」を発布してわが人民を拘留できる権限、武力使用を命令できる権限などを持つようになった。

日帝が設置した「統監府」を通じて分かるように当時、わが国の最高統治者は朝鮮封建政府の皇帝ではなく日本の「統監」であり、統治機構は朝鮮封建政府ではなく日本の「統監府」であった。

日本研究所研究員のキム・ホンフィ氏も「民主朝鮮」紙に掲載した記事で、日帝が「統監統治」を実施しながら膨大な侵略軍を駐屯させて朝鮮を軍事的占領地帯に転変させたし、野蛮な憲兵警察制度を樹立していささかの反日的要所も無慈悲に弾圧したことについて暴露、糾弾した。

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