北朝鮮では新年早々、庶民らの頭を悩ませる2つのものがある。一つ目は金正恩党委員長の「新年の辞」だ。北朝鮮当局は1月1日に金正恩氏の肉声によって発表された今年の施政方針に当たる新年の辞を大々的に宣伝しているが、庶民らにとっては面倒きわまりないものだ。

デイリーNKの内部情報筋によると、新年の辞の学習が早くも始まっている。金正恩氏が5年連続、肉声で発表した新年の辞では「能力が追いつかないもどかしさと自責の念に駆られながら昨年を送りました」と、異例ともいえる自己批判らしき発言が目を引いた。しかし、庶民らにとって歓迎すべき特別な方針が示されたわけではない。

運よく人糞集めの動員から免れても、町の清掃などに無理矢理駆り出される。北朝鮮の正月の動員はまるで、庶民らに対する終わらない「罰ゲーム」のようだ。

庶民らを苦しめる新年の辞の学習と人糞集めだが、学習の方は食べていくことに何の役にも立たない。それどころか先述のように生産活動の停滞を余儀なくされる。一方、人糞集めは過酷だが農業にかかわる、つまり食べて生きることに直結することから、正恩氏の新年の辞を覚えるよりもよほど生活の足しになる。

金正恩氏からすれば、自分が発表する新年の辞が、庶民らの生活に悪影響を及ぼし不便を強いている現実などどうでもいいのだろう。一方、正恩氏も現地指導の際に一般のトイレを使用できず、専用車のベンツに「代用品」を載せて移動するなど、不便さを強いられているという。しかし、彼の生活上の不便など、庶民らの新年の辞の学習や人糞集めの苦労や不便とは比べものにならない。

金正恩氏が自らを「能力不足」と謙遜するのなら、一度でも庶民らの人糞集めに参加して真の生活の苦労を体験してみたらどうだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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