先日はじめて韓国のマスコミの前に姿を現した北朝鮮のテ・ヨンホ元駐英公使。昨年7月、現役外交官としてのキャリアを捨て家族とともに英国で亡命を申請、一家で韓国入りしてから約半年ぶりの「お披露目」だった。

だがその裏で、さらなる大物が北朝鮮に背を向けていたニュースをご存知だろうか。キム・ミョンチョルという仮名で報じられたこの男性は、テ氏に先立つ昨年6月に約4000億ウォン(約390億円)という巨額の公金を持って第三国に姿をくらませたことで知られる。

姿を消した息子たち

韓国のメディアで第一報があったのは、同8月19日のこと。ちなみに2日前の17日にはテ氏の韓国入りが韓国統一省により公表されている。

「東亜日報」で健筆をふるう脱北者のチュ・ソンハ記者は、ヨーロッパに住む消息筋を引用し「朝鮮労働党39号室大聖(テソン)指導局ヨーロッパ支局総責任者のキム・ミョンチョルが、欧州のある国家で二人の息子と姿をくらませ、極秘に当局の保護を受けている」と報じたのだった。

記事ではさらに「キム氏が管理していた資金はユーロとポンド、ドルなど総額4000億ウォンにのぼり、すべて持ち出した」と伝えている。これはとんでもない金額だ。

熾烈な情報戦

チュ記者は今年2月11日に閉鎖された開城(ケソン)工業団地が稼働していたころ、北朝鮮当局が韓国側から受け取っていた金額が年に約1億ドル(1062億ウォン)程度であることを例に挙げ「北朝鮮の指導部を揺るがすほどの金額が消えたことになる」とショックの大きさのほどを表現する。

このため、亡命を防ぎたいと北朝鮮当局と、キム氏の身柄を安全に確保したい韓国そしてヨーロッパ諸国の情報機関のあいだで熾烈な攻防が繰り広げられていると記事では説明している。

約390億円という莫大な金額をキム氏はいったいどのように管理していたのだろうか。記事では、キム氏が北朝鮮最高のマネーロンダリングの専門家であるとする。

キム氏は潜伏中の国家に20年間暮らし、北朝鮮のヨーロッパ管内の資産管理を統括してきた。複数の他人口座を利用するという北朝鮮の資産隠匿方法や、時計、高級車、高級酒などぜいたく品の購入の詳細にも精通しているという。

また、キム氏は滞在国の地の理を生かし、アフリカや中東などとの取引も統括してたとする。なお、キム・ミョンチョルというのは本名ではないものの、実際に用いていた仮名であると消息筋は説明している。

チュ記者は8月22日の続報の中で、脱北の理由についても触れている。

「キム氏が国に上納するはずだった外貨のノルマを達成できなかったため、北朝鮮に住む家族が人質として国家安全保衛部(保衛省)で取り調べを受けるなかで、拷問を受け死亡した」というのだ。これに怒ったキム氏が脱北を決意したという。

それにしても、390億円という大金を持ち逃げするのは容易ではないだろう。チュ記者は亡命の時期が6月であることに注目する。「スイスが6月2日に自国内のすべての北朝鮮の銀行の支店と口座をすべて閉鎖した。この時に資金を退避させるため、一時的にキム氏が大金を動かす機会があったのでは」という推測だ。

「秘密資金」の全容

なお、390億円の中には、在外公館の運営費と外交官の給料も含まれていたとする。「蒸発資金」の穴埋めのために急きょ、北朝鮮の「大物」の一人、故金正日総書記の異母弟であるチェコ大使の金平日(キム・ピョンイル)が北朝鮮に戻り、現金確保に走ったが「うまくいっていないようだ」としている。

なお、当時から韓国政府はキム・ミョンチョル氏の存在を「確認できない」としている。念のため昨年(16年)12月30日にデイリーNKジャパンが韓国統一省に問い合わせてみたところ、同様の答えが返ってきた。

韓国に来ているのか?はたまた第三国に滞在したままのか? 実はデイリーNKジャパンは、秋にチュ記者と接触し、さらに詳細な内容を聞いているのだが、ここでは明かせない。

年内にも「炸裂」か

ただ言えるのは、年内にもこのメガトン級の情報爆弾がさく裂する可能性があるということだ。キム氏が各国情報機関に金正恩党委員長の秘密資金の詳細を明らかにしていることは間違いない。

折しもテ氏は、冒頭で紹介した韓国メディアとの会見の席で「(正恩氏が)2017年末には何としても核開発を行う計画を立てている」と明かしている。テ氏の言葉通りならば、今年も正恩氏は核実験を行うだろう。

キム氏がもたらす情報は、北朝鮮の海外での資金運用に関するものであるため、核開発の進展を決定的に遅らせたり、場合によっては放棄させたりできる取引材料になり得る。正恩氏にしてみれば喉元にナイフを突き付けられた格好といえるだろう。いつ、どんなタイミングでこの情報が明かされるのか、注目される。

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