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まずは事件の背景から説明する。

1974年に朝鮮労働党中央委員会の決定により金日成の後継者に公認された金正日。しかし、その権力基盤は非常に弱いものだった。

腹違いの弟、金平日(キム・ピョンイル)は金日成と似ているうえに、ロシア生まれの金正日とは違い、北朝鮮国内で生まれた。それだけでも「白頭の血統」を受け継ぐのは金平日がふさわしいと思われた。

さらに金正日に対する軍の支持も弱かった。金平日は自ら軍に入隊し、全国の大学生にも軍への入隊を呼びかけるなどして軍における信頼度が非常に高かった。一方の金正日は軍関連のいかなる経歴も持っていなかった。

1980年代に入って金正日は「首領様(金日成)の健康と余生のために」という名目で金日成を権力から徐々に遠ざけ、自らが事実上の指導者の立場に立った。しかし、それにより金正日の指導力に問題があることが露呈してしまった。

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金日成は部下の細かい意見にも耳を傾ける度量があったが、金正日は人の言うことに耳を貸さず、自分の思い通りに何でも進めようとした。危機感を覚えた幹部たちは命の危険を顧みず金日成に報告した。