「もしかしたら、今後は北朝鮮国民の国外脱出がこれまでより格段に難しくなるかもしれない」

こんな懸念を示しているジャーナリストがいる。韓国の有力紙「東亜日報」で10余年にわたって北朝鮮関連の記事を書き続ける、脱北者出身のチュ・ソンハ記者だ。チュ記者は、「豆満江の変身と大量脱北時代の終末」と題した17日付の記事の中で、要旨として次のように説明している。

ダム放流で村落「消滅」

北朝鮮当局は、台風10号により発生した未曽有の水害の被災地に1万1900世帯分の住宅を完成させたと発表している。これは金正恩氏にとって、禍を転じて福と為す結果になるかもしれない。北朝鮮当局はこれまで、豆満江の川辺にあった村落が脱北の温床になっていると見て移転を試みていたが、うまく行かなかった。

しかし、今回の洪水でその村々は消え、当局は遠く離れた山裾に新たな村を作った。また、新しい住宅には塀がなく、誰が出入りしているか丸見えだ。川に沿って幅広の警備道路が作られ、鉄条網が整備され、監視カメラまで設置されたら、アリの這い出る隙もなくなる――。

さすが、脱北のリスクを知る当事者だけに、懸念する内容も具体的だ。チュ記者はまた、村民の家に警備隊員が隠れて出入りすることができなくなったことで、彼らが脱北ブローカーや密輸業者と結託するのが難しくなる点も指摘している。

北朝鮮の庶民は、こうした人々によって持ち込まれる海外情報と接することで、「心の自由」を広げてきた。当局は韓流ドラマなどを見る人々に対し厳罰で臨んでいるが、それでも隠れて見る風潮は消えていない。

しかし、国内の取締りと並行して国境封鎖が強化されたら、多くの人が見るのは難しくなってしまう。

ちなみに、今回の水害の被害は、当局が通告なしにダムの放流を行ったために被害が拡大した。つまりは人災である。

そのような人災は北朝鮮では珍しくないが、まさか、村を押し流してしまうため、わざとそのような行動に出たわけではないと信じたい。

北朝鮮を脱出して韓国に入った脱北者は3万人を突破したところだが、金正恩時代に入り減少傾向が続いていた。今後、脱北者がさらに減るようなことになれば、ただでさえ分かりにくい北朝鮮国内の様子が、いっそう見えなくなってしまうかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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