一昔前には、日本で覚せい剤と言えば北朝鮮製が幅を利かせていた。

2001年12月、覚せい剤の密輸を担っていたと思しき北朝鮮の工作船が、海上保安庁に追い詰められた末に爆沈。以来、日本では北朝鮮製覚せい剤のニュースは聞かれなくなってはいる。

しかしそれは、北朝鮮が覚せい剤と無縁の国になったことを意味してはいない。それどころか、現在では北朝鮮国内で覚せい剤が蔓延し、手の打ちようがない有様となっている。

拒否なら学校でイジメ

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、その状況を次のように語る。

「住民たちは、覚せい剤を『風邪予防の万能薬』ぐらいに考え、『覚せい剤の煙にあたれば1年間は風邪をひかない』という俗説がはびこっている。
また、『脳卒中と心血管系疾患に効果が優れた効果がある』と思っている人や、『春と秋には、子どもたちに覚せい剤の煙を当たらせれば、インフルエンザの予防接種の代わりになる』と思っている人もいる。
中学生も覚せい剤をやらなければいじめられ、主婦は人民班(町内会)の会議の前にキメてくる。人民保安省、機動巡察隊員も夜勤の際にやっている。以前は挨拶代わりにタバコを差し出すのが習慣だったが、最近では顔を合わせると覚せい剤をやるようになった」

ほかにも、ショッキングな証言はいくらでもある。

「17歳の娘まで…」

2007年当時、中国の丹東で貿易業を営んでいた中国朝鮮族のキム・ジョンエ(仮名)さんは、覚せい剤に溺れる北朝鮮の貿易業者の様子を次のように語った。

「北朝鮮の貿易業者のほとんどが覚せい剤中毒者だった。そのせいで、時間も守らなくなり、約束も平気ですっぽかす。新義州の有能な若い業者は、皆覚せい剤に手を出し、まともな人はいなくなった」

咸鏡北道の清津から中国丹東にやってきた脱北者のソ・ミョンオク(仮名)さんは、夫が覚せい剤中毒になってしまったと嘆く。

女子中学校までが汚染

「夫が見る見るうちにやつれていく姿は見ていられない。夫に『お前もやれよ』と言われるが、商売で稼いで子どもを育てることを考えて、手は出さない。夫の兄一家は、17歳の娘まで覚せい剤を使っている」

ほかにも、「女子中学校の生徒の半分が汚染されていた」との情報もある。その詳細は後述することにして、この辺で背景の説明が必要だろう。

北朝鮮の覚せい剤ビジネスは1980年代まで遡る。

当時の北朝鮮は、経済面で韓国に追い越され、どんどん差を広げられていた。故金日成主席は、ソウルオリンピックに対抗すべく、1989年に第13回世界青年学生祝典を平壌で開催した。大会は成功裏に終わったものの、多くの若者を受け入れる施設の建設に莫大な予算を注ぎ込んだため、クビが回らなくなっていた。そこに、共産圏の崩壊が追い打ちをかけ、北朝鮮経済は青息吐息の状況だった。

タイから技術者を拉致

金王朝の2代目、故金正日総書記はその頃、朝鮮労働党中央に対して次のような指示を下したと伝えられている。

「帝国主義の封鎖と国際的圧力、東ヨーロッパ社会主義国の崩壊で支援が途絶えてしまった。資金確保のために麻薬生産を秘密裏に進めよ」

朝鮮人民軍(北朝鮮軍)に、ペクトラジ(白いキキョウ)、つまりケシを栽培する部隊が秘密裏に組織され、咸鏡北道の赴戦、長津、黄海南道の長淵に農場が作られた。

保衛司令部系の貿易会社は、タイから拉致したアヘン製造業者3人の指導のもとに、咸鏡北道の羅先にある羅南製薬工場でアヘンの生産を行うようになった。アヘン栽培は各地で行われるようになったが、米国務省の報告によると、今ではその多くが姿を消したという。

またの名を「氷毒」

やがて金正日氏は、ほかの薬物の製造にも興味をもつようになった。

湾岸戦争でイラク軍が多国籍軍に壊滅させられたのを見た彼は「帝国主義連合勢力の次の目標はわが国だ。戦争を準備せよ」との指示を下した。

国家科学院薬学研究所は、強心・止血効果のある「パインディア」、痛みに耐える効果のある「デンダ」(別名『銃弾=チョンタン』)、そして強行軍による疲れに打ち克つ効果のある「オルム」、つまり覚せい剤の開発に取り組む。

「ピンドゥ(氷毒)」「アイス」とも呼ばれるこの覚せい剤だが、さすがの金正日氏も指示を下すのに戸惑ったのか、咸興化学工業大学の教授などに「戦争の準備に必要だ」との提案をさせ、それを受け入れる形で、製造を指示した。

興南、羅南、船橋の国営製薬工場で製造された覚せい剤は、保衛司令部、護衛司令部、中央党連絡所、人民武力部、人民保安部など国の機関が、海外への密売に力を入れ、外貨稼ぎ競争を繰り広げた。

ところが、思わぬ事態が生じた。労働者が工場から原材料や製品を横流しするのはよくあることだが、覚せい剤も例外ではなかったのだ。

国内に横流しされた覚せい剤で中毒者が続出した。金正日氏は2000年に技術者、科学者、労働者に感謝状を贈った上で、覚せい剤製造を中止し、組織を解散するように命じた。

覚せい剤製造技術を持った人々が、野に放たれたのだ。

当時はおりしも、北朝鮮最大の大飢饉「苦難の行軍」の真っ只中。クビになり、潤沢だった配給も打ち切られ、食べるのに困った彼らは、覚せい剤の製造、販売に乗り出した。

金正恩氏は、覚せい剤製造組織の解散と共に次のような指示を下していた。

「計画より超過生産したものは、海外で密かに販売せよ」

指示に従い、覚せい剤は日本や中国に密輸された。

「性生活が強くなる」

中国の中でも北朝鮮と国境を接している東北地方では、覚せい剤の中毒者が激増した。吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉市では、薬物中毒者の数が、1995年の44人から2010年には2090人にまで増えた。

中国は国境の警備を強化し、国内での覚せい剤取引に対する大々的な取り締まりに乗り出した。中国当局によると、2007年に中朝国境で押収された覚せい剤の量は、2005年の4倍に達した。

また、前述のとおり日本でも取り締まりが行われ、北朝鮮からの密輸が困難になった。行き場を失った覚せい剤は、国内市場に流通するようになった。薬物に関する教育を全く受けていない北朝鮮の人々は、不足する医薬品の代わりに覚せい剤を使うようになり、急激に拡散していったのである。

手軽なレジャー

覚せい剤は北朝鮮国内の市場に大量に流通しており、売人はいたるところにいる。

彼らは、トンジュに狙いを定め、「夜(性生活)が強くなる」「痩せる」「頭がスッキリする」などと甘い言葉で誘い、覚せい剤を売りつける。

中毒にさせて、常連客にするという流れだ。

北朝鮮の地方都市では数年前まで、カネを持っていても、使う場所がない状況だった。そこで、手軽に楽しめるレジャーとして覚せい剤が脚光を浴びてしまったのだ。

2007年2月には、咸鏡北道の会寧では、現職の市の女性同盟委員長一家が薬物組織を営んでいたことが明らかになり、大騒ぎになった。咸鏡道の国家安全保衛部の要員20人余りがソ・ギョンヒ現朝鮮民主女性同盟会寧市委員長のマンションで家宅捜索を行い、覚せい剤15キロ、現金30万ドルと20万元を現場で押収した。

冒頭で紹介した情報筋は、事件の内幕を次のように語る。

「ソ委員長の夫のK氏は、貿易会社のメボン会社に努めていた頃から、覚せい剤の密売に手を出していた。会社がなくなってからは、専属運転手だったL氏を運び屋、娘のK氏を会計担当にして、茂山、会寧、穏城など、国境地域の密輸業者に覚せい剤を卸すビジネスに乗り出した。
ところが、L氏が品物をくすねたといって、揉めることになった。L氏は、清津にある咸鏡道の保衛部を尋ねて、ソ委員長の家族の覚せい剤の取り引きの事実を語った。清津まで行ったのは、地元の保衛部はソ委員長とツーカーだから、チクったら命はないということをわかっていたからだろう」

女子中学校で取締り

ソ委員長、夫のL氏、娘のK氏は保衛部に逮捕されたが、ソ委員長は覚せい剤密売に関与したという証言や証拠が見つからず、収監はされなかった。その後どうなったかは詳らかでない。

韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授と梨花女子大学統一学研究院のキム・ソッキャン教授の研究によると、北朝鮮の覚せい剤汚染は階層ごとに進んだ。

2004年から2008年までは下級幹部、保安員、密輸業者、トンジュの間で流行していた。それが2007年から2010年にはホワイトカラーとブルーカラーの一般労働者、市場の商人に広がり、2009年から若者の間に広がっている。

覚せい剤は若者の間で、誕生日プレゼント、現金がないときの代わり、幹部へのちょっとしたワイロとして使われている。

生徒の半分以上が

前出の情報筋は2011年1月、ある女子中学校でも取り締まりが行われたと伝えている。

「清津市の金日成銅像の向かいにある南江女子中学校で取り締まりが行われた。その結果、16歳と17歳の生徒の半分以上が覚せい剤の吸引道具を持っていたことがわかった。ところが、彼女らの多くが取り締まりを行う機関の幹部の娘で、親がやっているのを真似て始めたことがわかり、担当者は処置に困り頭を抱え込んでいる」

隣の両江道でも、覚せい剤の汚染実態は深刻で、手の打ちようがない有様だ。

「制作技術が流出し、恵山でも作られるようになった。エフェドリンされあれば、いくらでも製造できる。市民の多くがやっているのに、いくら取り締まりをしたところで無駄だ。我々全員を処刑することも、刑務所送りにすることも出来はしない。幹部も出勤前にキメているというのに、どうして庶民はダメなのか。1回キメれば、生活の苦労も忘れ、気持ちがいい。こんな世知辛い世の中、覚せい剤なしでは生きていけない」

北朝鮮は、覚せい剤を世界中にばらまき、各地に甚大な被害を巻き起こした。住民は、選挙で選んだわけでもない指導者の誤った選択のしっぺ返しを食らっているのだ。

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