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複数の脱北者の証言によると、「苦難の行軍」の頃から教育現場にワイロが蔓延し始めた。配給システムが崩壊し、食料が得られなくなったためだった。状況は、監督官庁の教育庁とて同じだった。

朝鮮労働党は各道や市、郡の教育庁に「自力更生せよ」との指示を出した。予算も給料も出せないから、自分たちで調達せよということだ。そのため、教師は生きていくために、生徒の親にワイロをせびるようになった。事実上、当局が拝金主義を煽ったのだ。そのしわ寄せは生徒や親に来た。

2008年に脱北したチェ・ジナ(仮名)さんは、当時の状況を語った。

「生徒たちはワイロを払うために市場でリアカーを引くバイトをしていた。荷物をリアカーに載せて届けたり、自分で売る品物を運んだりしていた。高学年(高校生)の生徒の中には売春を行う者もいた。家計を助けるためだが、そのような人は進学はおろか登校すらもままならない状況だった」

「教師が人気の職種になった。普段はもちろん、入学式と卒業試験の日には、かなりのワイロが入るからだ。親にワイロを要求し、私服を肥やすのは日常茶飯事だ。一方、クラスの担任につけなかった教師は収入が非常に少なかった」

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