北朝鮮では、公共施設から民家まで、ありとあらゆる場所に金日成・正日氏の肖像画が掲げられており、極めて神聖なものとされている。災害や事故の現場で肖像画を守るために命を落とした人のエピソードは、北朝鮮メディアの「定番美談ネタ」だが、またもやそんな悲劇が起きた。

今年8月末に咸鏡北道(ハムギョンブクト)を襲った台風10号(ライオンロック)は各地に深い爪痕を残し、数百から数千の死者が発生した。

被災地のひとつ、会寧(フェリョン)市の松鶴(ソンハク)高級中学校では、金日成氏と金正日氏の肖像画を濁流から守ろうとした副校長など教師7人、生徒6人の合わせて13人が亡くなった。

現地のデイリーNK情報筋は、事件の顛末を伝えてきた。

大雨とダムの放流で堤防が決壊し、豆満江の水が市内に押し寄せてきた。それを見た副校長は「このままでは学校は水没し、肖像画が流されてしまう。そうなると、非難や処罰は免れない」と思ったようだ。

そこで、教師や生徒を動員して肖像画救出作戦に乗り出した。ところが、思ったより早く水かさが増し、全員が水に飲み込まれてしまったというものだ。

戦前の日本で、空襲の際に御真影(天皇の写真)を守り亡くなった人が賞賛されていたのと全く同じである。

昨年、同じ咸鏡北道の羅先(ラソン)を襲った大雨の際も、肖像画を守ろうとして多くの人が命を落とした。情報筋は「副校長の『ゴマスリ忠誠』さえなければこんなことにならなかったのに」と残念がり「労働党が煽る『忠誠競争』の犠牲になった」と述べた。

命を落とした人々は、通常なら英雄として大々的に持ち上げられるところだ。

しかし、今のところ北朝鮮の国営メディアには取り上げられていない。地元当局は、復興を最優先して彼らに対する「忠誠評価事業」をまだ始めていないのだ。それはおろか、遺体すらまだ見つかっていない。

当局者は、先代指導者の肖像画を守るために命を落とした人を賞賛することと、「10月10日の朝鮮労働党創建記念日までに復旧を終えよ」という金正恩党委員長の指示を守ることを天秤にかけて、より忠誠心がアピールできるのはどちらかを考えた結果、後者の方を優先したようだ。

文字通り「首が飛ぶ」

当局の冷淡な対応に対して、遺族は抗議もできずにいる。

金氏一家に関連する事案なので、下手に声を上げると文字通り「首が飛ぶ」事態になりかねないからだ。

「水かさが急激に上がりつつあったのに、なんでうちの子を動員したんだ」「あんなひどい死に方では安らかな眠りにつけない」などと副校長を責めることしかできない。

住民の間からも「死んだ人がかわいそうだ」「(あんな扱いをされるのならば)何が起きても命を最優先しよう」との声が上がっている。

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