韓国の朴槿恵大統領が1日、「国軍の日」記念式典で演説し、北朝鮮住民に対し「いつでも韓国の自由な地に来てほしい」と呼びかけたことが注目されている。韓国の大統領が脱北を促す発言をするのは異例だし、韓国政府が北朝鮮と対話するよりも、人権問題で揺さぶり体制の瓦解を狙う姿勢を鮮明にした意味でも重要な発言だ。

地雷で吹き飛ぶ兵士

ただ、この演説で興味深かったのは、この発言だけではない。

朴氏はまず、「北朝鮮の政権はわが国民に核を使用するとまで公言しており、今後も核兵器の高度化と小型化を推進し、さらなる核実験とミサイル挑発も放棄しない」だろうと指摘した。これは、北朝鮮の金正恩党委員長に核・ミサイル開発を諦めさせるのは簡単ではない、と認めたものと言える。

その上で、「挑発の代価がどのようなものになるか、はっきりと知らしめるべき」としながら、北朝鮮にミサイル発射の兆候があれば先制攻撃して制圧する兵器体系「キルチェーン」や、韓国型ミサイル防衛(KAMD)、北朝鮮指導部を狙う大量反撃報復能力の整備推進を訴えた。

さらに、「北朝鮮地域で発生し得る偶発状況にも体系的に対応できる万端の準備を整えなければならない」などとして、エリート層の脱北などが続く北朝鮮の不安定な状況が、安保危機に発展し得るとの認識を示唆した。

以上のような文脈には、韓国政府の次のような思惑が透けて見える。

「おそらく経済制裁をもってしても、金正恩に核兵器を放棄させるのは難しいだろう。北が時間稼ぎをしているうちに、核の脅威が途方もなく拡大してしまう。その前に実力でケリをつけるべきだ。突発事態が生じたら、それに乗じて一気に叩く。人権問題で揺さぶり、そのタイミングを早められればなお良い」――。

つまりは「カウンター攻撃」をねらっているということだが、これが現実のものとなる可能性は、決して低くはない。昨年8月、北朝鮮の仕掛けた地雷により韓国軍兵士が重傷を負わされた際にも、双方は一触即発の所まで行っている。

恐怖政治で対抗

そして、この考えは間違いなく米軍と共有されているものだ。米軍関係者やCIAと関係の深いシンクタンクからも、そのような声が頻繁に上がるようになっている。

これに、金正恩氏はどのように対抗するのか。彼も米韓のこうした考えには気づいているはずだ。だからこそ、核兵器の弾頭化と弾道ミサイルの性能向上を急いでいるのだ。

早い時期に動くきっかけをつかめれば、米韓が勝つだろう。しかし、正恩氏が経済制裁や揺さぶりを耐え抜き、核ミサイルを20基、50基、100基と増やしていけば、さしもの米国も手を出せなくなるかもしれない。

正恩氏はおそらく、揺さぶりに耐えるために恐怖政治を強化するだろう。しかし、北朝鮮の人々がその恐怖を振り切って立ち上がる気になるには、国際社会が今の何十倍、何百倍もの関心と労力を朝鮮半島に注がなければならない。

それをやらなければ、数百発の核ミサイルで武装した独裁者がアジアに誕生するかもしれないのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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