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そもそも、今から10年前の2006年に、はじめて日本が北朝鮮に対する制裁を発動した時、拉致問題解決のスキームはおおよそ、次のように主張されてきた。

1.制裁で北朝鮮の外貨を遮断し、金正日(金正恩)政権の統治能力を弱める。

2.孤立を深めた北朝鮮が、日本に頼らざるを得なくなる。

3.圧倒的に優位な状況下で、日朝間の交渉をして拉致問題の解決に結びつける。

当時は、日朝間の貿易や往来も少なからず存在していたことから、一定の効果があると予想されたが、北朝鮮側から白旗を揚げて日本に歩み寄るということはなかった。