金正恩氏の暴走が止まらない。

北朝鮮が9日、5回目の核実験を行った。金正恩党委員長は今年3月、「核弾頭爆発」の実験を早期に行えとの指示を下し、その事実を世界に公開した。彼らとしては、既定路線だったわけだ。

「恐怖政治」に依存

北朝鮮は今後も、核戦力整備のために必要なだけの核実験とミサイル発射を繰り返すだろう。しかしいったい、何のためなのか。

少し前まで、北朝鮮の核・ミサイル開発の目的については、米国を振り向かせ、関係改善の対話を行うための「ラブコール」であると見る向きが多かった。おそらく、かつては米国政府もこうした見方に立っていたはずだ。

2009年7月、オバマ政権のクリントン国務長官(当時)は北朝鮮を「関心を集めようとする子どものよう」だと例えながらも、「完全かつ後戻りできない非核化に同意すれば、米国と関係国は北朝鮮に対してインセンティブ・パッケージを与えるつもりだ。これには(米朝)国交正常化が含まれるだろう」と述べていた。

インセンティブ・パッケージとは、米国が国交正常化、体制保障、経済・エネルギー支援などを、北朝鮮は核開発プログラム、核関連施設はもちろん、ミサイルなどすべての交渉材料をテーブルに載せ、大規模な合意を目指すことを念頭に置いていたとみられる。

「核の暴走」が米国への単なるラブコールだったのなら、北朝鮮はこの提案に喜んで応じたはずだ。しかし、そうはならなかった。なぜか。

当時は注目されなかったが、人権問題が最大の理由ではなかったかと私は見ている。米国にはブッシュ政権時代に出来た、北朝鮮人権法という法律がある。日本人拉致問題も含め、北朝鮮の人権状況が改善されない限り、米国から北朝鮮への人道支援以外の援助を禁止すると定めたものだ。

恐怖政治で国民を支配する北朝鮮の体制にとって、人権問題は体制の根幹に触れるものであり、交渉のテーブルに乗せることなどできるはずがない。

健康不安説も

では、米国が人権問題を引っ込めて、北朝鮮との関係改善に向かう可能性はあるのか。それもまた、あり得ない話だ。現に、米国は人権問題で金正恩氏を制裁指定するなど、攻めの姿勢を強めている。

そうである以上、北朝鮮の暴走もまた止まらない。

金正恩氏が目指しているのは恐らく、どの国も北朝鮮の人権問題などまったく顧みられなくなるほどに、自国を取り巻く政治環境を変えることだ。そのための手段が「核の恐怖」なのである。日米韓がどのような迎撃システムを築こうとも、「北朝鮮からの核攻撃を100パーセント防ぐのはムリだ」と世の中が認めるほど、質量ともに十分な核戦力を持とうとしているのだろう。

まだ32歳の彼が、一部にある体調不安説を克服し、今後も健康を維持して生き続けるとしたら、50歳になるまでにどれほどの核兵器を手にすることになるのだろうか。考えるだけで恐ろしいではないか。

いま、正恩氏の暴走を止めるための決定的な手段は、ほとんど議論されていないに等しい。そのような手段がどこかに存在するとしても、北朝鮮が核兵器を数個しか持っていな状況と、100個以上持ってしまった状況とでは、実行する際のリスクに天と地ほどの差がある。

ある意味で正恩氏には時間があるが、われわれにはさほどの猶予が残されていない。そろそろこうした現実を、メディアや政治が本気で議論すべきではないのか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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