北朝鮮で「保衛司令部」の若手将校たちが、中朝国境側の咸鏡北道(ハムギョンブクト)に位置する朝鮮人民軍の諸部隊に派遣され、軍内の動向を厳しく検閲(監察)している。
金正恩氏が直々に下した方針とされ、軍内は緊張した空気に包まれているという。
北朝鮮国内のデイリーNKの取材協力者による、現地の軍関係者への取材で分かった。
各部隊に一人ずつ
取材協力者はその実態をこう語る。
「つい最近、咸鏡北道の『9軍団』の各部隊に、『保衛大学(平壌に位置する4年制の幹部養成大学)』を卒業したばかりの『保衛司令部』の新米将校が一人ずつ配置された。彼らは既に活動している保衛部の指導員と同等の権限を持ち、部隊内の戦闘動員体制、思想動向、汚職事件などを検閲している。調査結果は、保衛部とは別のルートで軍団指導部に報告する。部隊内で寝泊まりしながら、2か月ごとに所属部隊を移す予定だという」。
「保衛司令部」とは何か
朝鮮人民軍には指導者・金正恩氏や朝鮮労働党の指示に服従しているかを監視し、反乱の芽を未然に摘むためのシステムが存在する。
その一端を担うのが情報組織(思想警察)の「国家安全保衛部」であり、冒頭の「保衛司令部」である。双方とも軍と同様の階級制を敷く。
「保衛司令部」は調査権限だけでなく、処刑まで可能な司法権を与えられている。抗日パルチザンの家系など、政府に忠誠心の高い家柄(=土台)の子女で構成され、鉄の規律を誇るのが特徴だ。
保衛部と違い、賄賂も通じず、マニュアル通りの厳しい取締りを行う、文字通り「泣く子も黙る」存在だ。通常、保衛部とは別の命令系統で動き、軍内の不穏な動きを未然に政府中央に報告する役割を担う。
金正恩氏による軍掌握の一環
今回の動きで特筆すべき点は、「新米将校が個別の部隊それぞれに配置されていること」と取材協力者は説明する。
以前は新米将校の場合、保衛部の先輩将校の下につき、業務を学ぶことが慣例であったが、その過程を省略し、卒業直後から強い権限を持つことはこれまで無かったという。
「どこに報告するのかも分からない『保衛司令部』の若造が、我が物顔で軍内を調査して歩くことに対し、部隊の幹部や保衛部員たちは快く思っていない。とはいえ、指導者直々の『方針』によるものなので、不満を口にすることもできず、おべっかを使う軍幹部もいるようだ」(取材協力者)
舞台となっている咸鏡北道を管轄する「9軍団」が過去、クーデター未遂を行った部隊であることも注目される。1995年、当時「6軍団」であった同軍団は軍、党、保衛部の幹部たちの結託の下、クーデターを計画したが、中央に発覚し、大々的な粛清が行われたことが知られている。
新たなシステムの実験か
粛清後に新たに再編成された軍団ではあるが、金正恩氏がこうした歴史的経緯を踏まえた上で、平壌から最も離れた地域の部隊に強いプレッシャーを与えていることは間違いない。
取材協力者によると、現地では「9軍団」の検閲が終わった後には、新米将校たちが国境警備隊に配置され、検閲を続けるとの見方が出ているという。
前述した通り、「保衛司令部」の新米将校たちは、「保衛大学」で4年間学んだことを忠実に実行する。卒業後すぐに部隊に配置されるために、人脈や先輩後輩によるしがらみも無く、賄賂や懐柔も通じない。
血の入れ替え
強い権限を縦横にふるい、党の指示を貫徹させ、軍を党中央の完璧なコントロール下に置く最先鋒となる。ナチスの秘密警察「ゲシュタポ」と親衛隊「SS」を足した存在となり得る。
このため、今回の動きを金正恩氏による新たな軍掌握システムの実験、ならびに「軍部隊監視における血の入れ替え」と見なすこともできる。今後、全国的に広がっていくのか、綿密に注視すべき動向であることは間違いない。