岸田文雄外相と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相は12日の電話会談で、従軍慰安婦問題を巡る昨年末の日韓合意に基づき、韓国政府が7月末に設立した「和解・癒やし財団」の事業内容について、大筋で合意した。岸田氏は、日本が財団に拠出する10億円について、速やかに必要な国内手続きを進めると表明。早ければ8月中にも拠出される見通しだという。

この問題を巡っては、日本の保守や韓国の左翼になお、慎重論や反対の声がある。しかし一義的に重要なのは、元慰安婦たち個々人の人権と尊厳である。国家論や民族主義的感情から発せられる声は、本質ではないというのが筆者の理解だ。

それに、昨年末の合意の後、元慰安婦は6人が死去し、生存者40人の平均年齢も90歳近くになっている。残された時間は少ないのだ。日韓両政府は、必要な取り組みを今後も速やかに進めてもらいたい。

政治犯収容所という「地獄」

そして、これと同様に対応を急ぐべき問題が、北朝鮮と日本の間にもある。たとえば、広島と長崎で被爆し北朝鮮の帰国した人々だけが、日本の在外被爆者援護制度から除外されたままになっている。

北朝鮮の体制がとんでもないからといって、そこに住む人々の人権までが軽視されるべきでないのは言うまでもない。

さらに、北朝鮮によって人権侵害を受け続けている「日本人」の問題もある。

日本政府はEUとともに毎年、北朝鮮の人権侵害の責任追及を求める国連決議を主導している。その決議のベースになっている「北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)」の最終報告書(以下、国連報告書)では、北朝鮮による拉致や強制失踪の被害者は「20万人を大幅に超える可能性がある」と指摘されている。人数がこれほど膨大なのは、日本人拉致被害者のようなケースだけでなく、帰国運動で北朝鮮に渡った元在日朝鮮人や日本人配偶者(妻や子ども)が含まれているからだ。

拉致被害者と帰国者では、発生原因がまるで違うが、人権の観点で見れば、その被害の重大さは同様のものとなる。

しかし、日本政府はこうした決議を推進していながら、北朝鮮側からの日本人配偶者の日本への帰国提案に対し、「いらない」と回答しているフシがある。

日本人配偶者の一部が、拷問や公開処刑が行われ、「この世の地獄」とも言われる政治犯収容所で凄惨な虐待に遭っている可能性があるにもかかわらずだ。

「結局、日本政府は人権に関心はなく、政権の支持率のために拉致問題をやっているのではないか」――北朝鮮からこのように見透かされたら、拉致問題を交渉材料として逆利用され、翻弄される結果になりかねない。

日本政府は、自ら進んで北朝鮮の人権問題を国際社会に提起したのだ。ならば、北朝鮮国民の運命すべてに責任を持つことはできなくとも、同じ日本人くらいは全員救出する姿勢を持つべきではないのか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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