北朝鮮は、タテマエとしては男女平等をうたっているが、韓国以上に儒教の影響が濃く、女性蔑視が根強い。それに加えて、人権侵害が広範囲に行われていることを鑑みれば、北朝鮮における女性の立場がいかに過酷なものかは想像に難くない。

しかし、そんな環境の中でたまりにたまった怒りが、そろそろ爆発寸前にまで来ているようだ。

7月中旬、北朝鮮屈指の大都市・清津(チョンジン)で起きた集団抗議事件がその一例だ。デイリーNKの取材協力者であるパク氏(仮名)が、事件現場に出くわした知人から聞いたという生々しい一部始終を明かした。

「事件があったのは、清津市の水南(スナム)市場です。中国人民元の使用を取り締まろうと、市場担当の保安員(警察官)が、売り場の女性のに『お金の入ったカバンを見せろ』と言ったところ、左右に並んで商売をしていた女性たちが一斉に声を上げ、保安員に向けて矢ぎ早に抗議の言葉を浴びせたのです。

『あんた達が何様だって、人のカバンを覗くんだい!』 『あんた達が私たちの生活に役立つようなことをしてくれたことがあったのかい?』 『中国元を使いたくて使っているとでも思ってるの?』 『お客が中国元を持ってくるのに、お釣りを用意しなきゃならないでしょう?』 『朝鮮のお金だろうが、中国のお金だろうが、私たちは売れればいいのよ!』

女性たちの迫力に負けた保安員は真っ赤な顔で、『覚えてろよ!』と捨て台詞を残し立ち去ったそうです」

生計を支える

清津市は中国と国境を接する咸鏡北道の中心都市として、重工業や漁業が盛んな上に、経済特区である羅先(ラソン)市からも近い。このような条件にある都市の市場で、人民元が今や「通貨」となっていることは秘密ではなく「常識」だ。ソバ一杯の値段も「80銭(8角=約12円)」と人民元で価格設定されており、住民はしわしわの「1角(0.1元)、5角(0.5元)」の紙幣を大事に持ち歩く。(※中国に「銭」という単位は存在しないが、北朝鮮ではこう呼んでいる)

だが、北朝鮮当局は北朝鮮ウォンへの信頼が下がることへの不安や、「資本主義に染まる」などという理由から、一般住民が市場で外貨を遣う事をかたく禁じ、上記のように取締りを行っている。

外貨の流通を禁止したいのならば、取り締まるのではなく、ウォンの信頼を取り戻すために現実的な経済措置を採ればよいのだが、党資金の確保やミサイル開発に余念が無い北朝鮮当局にその余力はなく、意味のない取締りを繰り返すのが精いっぱいだ。

そもそも、ウォンの信頼低下を決定付けた「犯人」は金正恩氏の父、故金正日総書記だ。2009年11月に行った突然の「貨幣改革(デノミネーション=通過切り下げ)」によって、庶民の多くがコツコツと貯めてきたウォン建ての貯金を失った。ウォンを100分の1に切り下げ、交換に上限を設けるという極めて非常識な措置は「ウォンは紙くずである」という認識を植え付け、庶民を外貨預金へと走らせた。

当時、誰よりも怒りを覚えたのは市場で商売をしてきた女性たちである。職場に出勤せねば処罰を受ける上に、コメ1キロも買えない給料しか貰えない男性に代わり、女性たちが商売で家計を支え、血のにじむ思いで貯蓄をしてきたからだ。

最も恐ろしい存在

このように、北朝鮮当局と女性、特に50代~60代の女性は、長い対立関係にある。かわいい息子を栄養失調がまん延する軍隊に10年もとられる上に、夫は党や行政が割り当てるタダ働きに駆り出され、休めば「労働教化」という名の強制労働が待っている。そんな中、実生活上の苦労のほとんどを女性が担ってきた。

人口の5%を超える多数の餓死者を出した90年代後半の大混乱「苦難の行軍」から、20年あまりが経つ。その間に積み重なった怒りたるや、爆発寸前といっても過言ではないだろう。現に、今回の事件を伝えてくれた取材協力者のパク氏は女性についてこう語る。

「人々の意識は大きく変わりました。特に、朝鮮の女性が苦しい生活が続く中で鍛えられ、今ではどれほど恐ろしい存在になったのか分かりませんよ」。

女性たちが笑える国にできるならば、金正恩政権も安泰だろう。だがそれは、宿敵・米国に勝つよりも難しいチャレンジであることは間違いない。


高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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