相模原市緑区の障碍(がい)者施設で起きた大量殺人事件。容疑者は、取り調べで「ヒトラーの思想が降りてきた」などと述べ、重度の障碍者だけを選んで襲うなど、動機と優生思想との関連を疑わせる。

優生思想とは「劣等な子孫が生み出され、社会、国家、民族に悪影響を及ぼすことを未然に抑制しよう」とする考え方だ。ナチス・ドイツはそれを人種政策に取り入れ、ユダヤ人、ポーランド人、ロマ、同性愛者、障碍者を強制収容し、虐殺した。

「全員処刑」を目指す

とんでもない結果をもたらしてようやくその危険性に気づいた世界は、優生思想を遠ざけるようになった。

かつての日本でも「国民優生法」「優生保護法」に基づき、多くのハンセン病患者に対して「断種手術」を行っていた。断種手術とは、男性の輸精管を切断して生殖能力をなくすものだ。スウェーデンでも身体障碍者に対して断種手術が行われていたが、日本でもスウェーデンでも、国が過ちを認め、補償を行った。

しかし北朝鮮にはいまだに、優生思想に基づく、障碍者への差別的政策が残っていると見られている。

アメリカの保守系ニュースサイト「ワシントン・フリー・ビーコン」によると、北朝鮮当局は当初、障碍者の中でもとく小人症患者を文字通り「根絶やし」にすることを目指していたとの情報がある。

これが実行されていたら確実に国際社会にバレるだろうが、その一方、断種手術や強制隔離は確かに行われているようだ。これについては、強制隔離により一家離散を強いられた脱北者らの証言もある。

もはや言い逃れのできない、歴史的な事実なのだ。

そして、北朝鮮は2000年代に入ってようやく、障碍者の人権に対する配慮を装い始めた。

北朝鮮は2003年6月に障碍者保護法を制定したのに続き、2013年7月には国連障碍者権利条約に署名した(未批准)。障碍者のスポーツ選手をパラリンピックに参加させたり、障碍者の音楽舞踊公演をヨーロッパで行ったりしている。最近完成した平壌順安空港の新ターミナルや科学技術殿堂にも、障碍者用の施設が作られた。

それで、北朝鮮の障碍者の置かれた状況はどのくらい改善したのだろうか。何ら障碍を持たない人々でも人権侵害に苦しんでいるあの国の実情を考えれば、ほとんど期待することはできない。

しかし、北朝鮮当局の障碍者への配慮が、たとえ批判回避のためのポーズに過ぎないものであっても、かの国の障碍者たちが想像を絶する苦難から解放されるまでの道のりが1ミリでも縮まるのなら、それに越したことはないとすら思える。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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