北朝鮮の朝鮮中央通信は2日、金正恩党委員長が国務委員長に推戴されたことを祝う大会の報道記事で、朴永植(パク・ヨンシク)人民武力部長を「人民武力相」と記述した。

これは、人民武力部と呼ばれていた北朝鮮の軍事官庁が、「人民武力省」に改称された可能性を示唆している。これまで、北朝鮮では人民武力部・国家安全保衛部・人民保安部の3つの武力・治安官庁が、国防委員会傘下の「部」として、内閣傘下の外務省などの「省」よりも各上に位置づけられてきた。

相次ぐ粛清

つまり、朴永植氏の肩書が「部長」から「相」になったことは、北朝鮮における軍の威信低下をも示唆しているのである。

もちろん、人民武力部が本当に「省」になったのかどうか、また国務委員会(旧国防委員会)傘下から内閣に移ったかどうかについては、さらなる裏付け情報が必要である。しかし北朝鮮が金正恩体制になって以降、軍の威信低下はこれまでにも観測されていたことだ。

金正日時代には「先軍思想」を掲げ、すべてにおける軍優先を国策としていたが、その内実は金正恩氏の執権前後から変わってきていたのである。

たとえば、北朝鮮には2種類の軍人がいる。軍の思想統制や人事を掌握する「政治軍人」と、戦闘指揮を担う「野戦軍人」である。そして、前者の代表格は正恩氏の最側近として知られる黄炳瑞(ファン・ビョンソ)総政治局長であり、後者に含まれるのが2012年に粛清された李英鎬(リ・ヨンホ)元総参謀長や、まるで見世物のように虐殺された玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)前人民武力相、降格され処刑説も流れた李永吉(リ・ヨンギル)前総参謀長だ。

海外での実戦経験

そう、このところ相次いで姿を消したのは、いずれも野戦軍人の出世頭たちなのである。

軍の内部でどのような人間が尊敬されるかといえば、それはやはり、現場で経験を積んだ実力派だろう。そもそも朝鮮人民軍は抗日パルチザンをはじめ、ベトナムや中東の戦場で実戦経験を積んだ「老将」たちが君臨してきた。しかし時代の流れとともに、その多くが鬼籍に入っている。

「変態幹部」の悪評

替わって台頭したのが、黄炳瑞氏ら党官僚から軍総政治局に乗りこんだ「政治軍人」たちなのだ。現人民武力省の朴永植氏も、総政治局出身の「政治軍人」である。彼らの権力基盤は、あくまで正恩氏との「近さ」にあり、軍事組織の利害は二の次だろう。朝鮮人民軍の内部は、末端兵士らが栄養失調にあえぐなど惨憺たる状態にある。そうした現実の中で「政治軍人」と「野戦軍人」の間で政治闘争が起き、前者によって後者が葬られているのではないか――そんな推測も可能なのだ。

ちなみに、黄炳瑞氏の前任として総政治局長の地位にあった崔龍海(チェ・リョンヘ)書記もまた、正恩氏側近の「政治軍人」だが、「変態性欲者」であるとの情報もあり、その評判は軍の内外を問わずきわめて悪い。

「同窓会」に血の弾圧

日本のマスコミは長らく、「北朝鮮の軍部強硬派の暴走」に言及する傾向がうかがえたが、そんなものは根拠のない作り話に過ぎない。北朝鮮の体制下においては、たとえ軍幹部といえども、私的な人脈作りを行えば厳しく監視される。実際、1990年代にはある「同窓会」が血の粛清を受けており、それ以来、軍人たちへの統制はさらに強まった。

つまり、「強硬」か「穏健」か以前に「派」を作ることができず、最高指導者の意に反して「暴走」することなどできないのだ。マスコミが「軍部の暴走」と言いたがるのは、さしずめ旧日本軍の「2.26事件」のイメージを引きうつしているだけだろう。

もっとも、誤解のないように言っておくならば、たとえ人民武力部が「省」に改称されていたとしても、それは金正恩氏が軍事力への依存を弱めたことを意味するわけではない。正恩氏は今後もますます核戦力の整備に注力するだろう。人民武力部の処遇変化は、統治行政上の都合によるものと見るべきだ。

しかし、軍の威信低下は、生粋の軍人たちの「やる気」の減退にもつながりかねないわけで、軍事国家・北朝鮮の今後に、様々な影響を及ぼし得ることも事実だ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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