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今年5月6日に36年ぶりの朝鮮労働党大会が開幕したときには、公の場で正恩氏を批判しようなどという空気は、北朝鮮国内のどこにもなくなっていた。

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同時に正恩氏は、党大会での報告で、北朝鮮と朝鮮労働党の歴史を意のままに解釈。異を唱えられなかった幹部らは「踏み絵」をさせられたようなもので、今後はいっそう、正恩氏に服従せざるを得なくなった。

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残ったのは、父から受け継いだ権力機関である国防委員会を、「正恩デザイン」の組織に変えることだけだった。

弱冠30代前半で、父から帝王学を学ぶ十分な時間もなかったと見られている正恩氏だが、権力に対する動物的とも言える勘を武器に、わずかな時間で独裁の足場を固めたと言える。(デイリーNKジャパン編集長 高英起)