北朝鮮の金正恩党委員長は、亡父から権力を継承した当初から、国民に対し思い罪業を背負うことになった。

金正日総書記が死亡した翌2012年の春、北朝鮮最大の穀倉地帯である黄海南道で、大量の餓死者が発生した。正確な死者数は今に至るも明らかになっていないが、北朝鮮ウォッチャーの間では万単位であったと推測されている。その過程では、耳を覆いたくなる「人肉事件」の情報さえもたらされている。

たとえば、アジアプレスの協力者が北朝鮮国内で取材したところ、「空腹でおかしくなった親が子を釜茹でして食べ、逮捕される事件があった」「死んだ孫の墓を掘り起こして、死体を食べた祖父が捕まる事件があった」などの証言が続出したというのである。

黄海南道は、100万人前後が餓死したと見られる1990年代後半の「苦難の行軍」期においても、餓死者が最も少なかった地域だ。

それにもかかわらず、2012年にこの地域で集中的に餓死者が発生したのは、首都・平壌で金正恩氏の「指導者デビュー」を祝う“どんちゃん騒ぎ”を数カ月にわたり続けるため、黄海南道の食糧を、権力が根こそぎ徴発してしまったからだ。

言うまでもないが、正恩氏は今に至るも、このときの政治責任について総括していない。それどころか、核・ミサイルの暴走により国際社会からの強力な制裁を招き、国民は「苦難の行軍」の再現すら危惧する事態になっている。

しかし当面、金正恩体制がそういった実情に目を向ける気配はない。

今月初めに開かれた朝鮮労働党第7回大会で、正恩氏は国家と党の現代史を好きなように解釈した。「苦難の行軍」については、その原因は内政にではなく、外国からの圧迫にあったとしている。さらにはそれに耐え抜くことが、国内の団結を強化するために不可避であったとも述べた。

これに対し、正恩氏の無慈悲な「粛清政治」を恐れる幹部らは一言も発することができず、よってこれが、党と国家の「正史」として固定されてしまった。

この身勝手さは、北朝鮮国民にとっては恐るべきものだ。自分たちの生命が、正恩氏が核とミサイルをもてあそび、大国と「ゲーム」を繰り広げるための道具としてみなされたも同然だからだ。

これはすなわち、日本や韓国など周辺国にとっての危機でもある。

北朝鮮の独裁者は、国内が外国による破壊に遭うことを、さほど恐れていないことを意味しているからだ。少なくとも、民主国家の指導者よりははるかに軽く考えているだろう。

これは、我々ならば常識的に選択しえないことを、正恩氏は「選択しうる」ということを示している。今のところ、ほとんどの日韓の国民は頭の片隅にも置いていない「戦争」さえもが、近い将来においては現実味を帯びる可能性があるのだ。

しかし逆に言えば、朝鮮労働党大会を見ることで、われわれの課題は明確になる。金正恩氏の暴走を止めるには、北朝鮮の民主化しかないということだ。

今はその萌芽すら容易にみつけられないが、自分の生命が独裁者の玩具に過ぎないと悟ったとき、北朝鮮国民の間から必ず何らかの動きが出てくる。

それを受け止めるのは、一義的には同族である韓国であろうが、そのときに何をできるかを考えておくことが、日本の安全保障にとってもますます重要になっている。

(文/ジャーナリスト 李策)

    関連記事