北朝鮮ではヤクザのことを「チュモクセゲ」、直訳すると「拳の世界」という。非常にわかりやすいネーミングだ。

前回の主人公、ソク・ギョンチョルのイメージにもピタリとはまる。彼が率いたグループは、愚連隊から出発し、200人規模のヤクザ組織に発展していったケースだった。

その一方、国家機関と「紳士協定」を結び――すなわち癒着しながら利権をシノギにするヤクザ組織も存在していた。

1995年に文藝春秋から発刊された『北朝鮮不良日記』(白栄吉著、李英和訳)には、知られざる北朝鮮ヤクザ事情が紹介されている。白氏は、北朝鮮の南部に位置する平安南道安州市のヤクザ組織「パッキ派(車輪派)」の元幹部。パッキ派の構成員は約200人で安州最大の組織だった。

独特のオーラ

16年ほど前、白栄吉(ペク・ヨンギル)氏と会って北朝鮮のヤクザ事情について話を聞いたことがある。

ヤクザやアウトローと会う機会が少なかった私にとっては恐る恐るの面会だったが、彼の第一印象をひと言で表すと「紳士」。

現在、韓国社会には3万人近い脱北者がいる。彼らは、今でこそ様々な政治運動に参加して、母国である北朝鮮へ政治的メッセージを送っているが、2000年当時は脱北者の数もそれほど多くはなかった。また、韓国社会からは「北朝鮮から来た厄介者」のように扱われ、肩身の狭い思いをしていた。プライドを傷つけられて自信を失い、社会と他社を警戒する屈折した心理を持つ人がほとんどだった。

しかし、白氏は明らかに他の脱北者達と違った。堂々とした態度で、かつ紳士的で必要以上に自分を誇示しない。酒を飲んでも決して乱れない。自慢話や苦労話を披露するわけでもなく、淡々と会話を続ける。

「義理」の2文字

ただ、そこには修羅場をくぐってきた人物独特のオーラ、そして己の腕一本で生きてきたという自信が満ちあふれていた。そんな白氏の生き様と武勇伝にちょっとだけ耳を傾けてみよう。

「ヤクザ=刺青」

そんな先入観を持つ私が「刺青」について尋ねると、彼はこう語った。

「俺たちのパッキ派には12人の幹部がいたが、結束の強さを示すために『義理(ウィリ)』という文字を彫り込んだね。」

「義理」の刺青とはなかなか粋だが、これはあくまでもパッキ派という特定組織の幹部の証だ。ヤクザ組織によって刺青の絵柄や刻まれている文字はまったく異なるという。なかには刀の絵を描いて「復讐」の文字を彫ったもの、リンゴに矢が刺さっている絵柄・・・さまざまなものがあった。

ちなみにヤクザでなくとも、北朝鮮にはちょっとした刺青のある男性が少なくない。「1987」のように軍隊に入隊した年を彫ったり、朝鮮独特の政治スローガン「自力更生」などの文字を入れたりする。

白氏は、元々は朝鮮労働党員の裕福な家庭で生まれたそうだが、父親が職場の事故で亡くなったことにより、生活は一変する。

「北朝鮮には『成分』という身分制度がある。親父は職場での事故死だったので成分は上がった。しかし、親父がそれまで党員として学校や地域にはかっていた便宜がなくなった。そこから、手のひらを返すように俺に対する周りの態度が変わったんだよ」

それまではエリート街道に乗り、学校でも学級長だった白氏だが、この経験を通じて「体制は裏切る」ことを本能的に知る。

この頃から表の顔を保つ一方で、裏側では腕っぷしの強い人間を集めて、愚連隊を組織していく。これが自然と拡大して「パッキ派」というヤクザ組織に発展していった。

父の影響力はなくなったが、成分のおかげでそれなりにいい職種に就いた白氏は、裏社会での影響力もどんどん強めていった。表の肩書きも裏社会の拡大のために積極的に利用していった。

表と裏の顔を使い分ける

しかし、覚せい剤などの薬物には手を染めなかったという。

「主なシノギは砂金や古銭を含む骨董品の密売だった。これを北朝鮮の全国から買い集めて華僑や元在日朝鮮人帰国者に売って利ざやを稼ぐ。俺がいた安州にはパッキ派、カマギ(カラス)派、ケスンニャンイ(朝鮮狼)派、ヒョンサ(刑事)派の四つの組織があり、少し離れた新安州にはケントル(悪党)派を名乗る一派もあった」

 このことからわかるように、白氏は、自らのシノギについて独特の美学を持っていたようだ。そうした裏ビジネスで稼いだ金で白氏は、さらに組織を拡大させていく。

社会の隅々まで監視が行き届いている北朝鮮で、果たしてそのような組織が存在しうるのかという疑問も出てこようが、1980年代には「表の社会」と「裏の社会」、すなわち「表の労働党」と「裏のヤクザ」が、うまく棲み分けられていたという。

金正日の弾圧

ところが、この紳士協定は1992年に破られる。

「1980年代中頃から北朝鮮経済の悪化によって、政府公認の商店から急速に商品が消えていった。この惨状を見たヤクザのなかには義憤に駆られて反政府活動をもくろんだ人間もいた。これを危険視した金正日がヤクザ組織に対して弾圧をはじめたんだ」

金正日氏は、「非社会主義検閲団」を組織して、ヤクザ組織壊滅作戦を開始。白氏の「パッキ派」が強いといえども、規模はせいぜい200人から300人。国家権力による弾圧にはさすがに敵わなかった。

「俺は裏のビジネスでは決して証拠を残さなかったが、『逮捕ありき』だからひとたまりもなかった。まあ、北朝鮮当局からすれば、悪行は数知れずだから」

女ヤクザ「火狐」

彼の逮捕容疑は香港のギャング映画や韓国映画、『ランボー』をはじめとするハリウッド映画などのビデオテープを保有していた「非社会主義」の容疑だった。こうしたものに触れると、西側の退廃的な文化に汚染された政治犯と見なされ、厳しい処罰を受ける。

取り調べでは過酷な拷問を受けたものの、決して口を割らなかった。それどころか、ハンガーストライキまで決行したという。断食で衰弱すれば病院に収容され、逃亡のチャンスが作れるからだ。虎視眈々と逃亡のチャンスをうかがうなか、ある日、組織のボスが面会に訪れた。衰弱した様子を心配しながら、ボスは意味ありげに差し入れのパンをわたした。実は、そのパンの中には、メモが仕込まれていたのだ。

「今晩12時、襲撃に行くから待っていろ」

派手な立ち回りで逃亡が困難になることを恐れた白氏は、監視員に「女が来るから少し外してくれよ。あとでお礼ははずむから」などと言いくるめて、まんまとボスの手引きで脱出することに成功。その後は、ボスのアドバイスで、ある女性の所へ身を寄せたという。

韓国人の弟分

その女性とは、以前から彼と顔見知りだった女愚連隊長のヨンヒ。通り名は「火狐(プルヨウ)」。涼しげな目元と筋の通った鼻が魅力的だったという「火狐」は、指名手配犯である自分を匿うことを心配する白氏に向かってこう言い放った。

「見損なわないで!3ヶ月で、あなたを元の姿にして送り出してあげるよ」

脱獄したヤクザを、肝の据わった女愚連隊長が助ける――まるで映画のような出来すぎたストーリーだ。まだ、義理と人情が生きていた1990年代の北朝鮮社会らしい話である。また、国家権力とは一線を画し、腕っぷしを頼りに生きるオトコの姿は、母性本能を呼び覚ますものだったのかもしれない。

その後、体調を回復した白氏は、韓国行きを決意。まだ、脱北が一般的ではなかった当時にあっさりと韓国行きを決意したのは、彼に「どこでも生き抜ける」タフさが備わっていたからに他ならない。

韓国へ入国した白氏は、自らの力で商売をはじめ、それなりに成功していた。すでに韓国人の弟分を従えていて貫禄をつけていた彼に聞いてみた。

「組織を再建したい」

「韓国に来てからの暮らしぶりはどうですか?」

貧しい北朝鮮から韓国へ来て、自由と豊かさを満喫していると思いきや、意外な答えが返ってきた。

「つまらない……。確かにソウルは豊かで、人々は好きなように生きられる。しかし、俺には『人生短く太く生きる』のが合っている。北朝鮮からは逃げたが、あの当時のヒリヒリした毎日の方が満ち足りていた」

北朝鮮という修羅場をくぐり抜けてきた人間にとって、平和なソウルの町は物足りないようだ。

「もし、北朝鮮の体制に変化があればどうしたいですか?」

ヤミ市場で復活

「俺は、政治については興味がないんだよ。もうパッキ派は瓦解して仲間もバラバラになってしまった。それでも、あの国に自由ができれば、また戻って仲間を呼び戻して組織を再建したい。それがいつになるかはわからないがね・・・」

彼の言葉には、独裁体制のなかで生き抜いてきた究極のリアリズム、そして政治や思想という「建前の世界」から自由でありたいというアウトロー独特の矜持が感じられた。

白氏が語ったように、1992年からの取締によって既存のヤクザ組織は壊滅するが、その後は北朝鮮が未曾有の社会危機に襲われたことによって、裏社会もそれどころではなかったようだ。

北朝鮮は1995年頃から「苦難の行軍」と言われる経済危機に突入する。それまで一日食いつなぐのに精一杯だった配給や国営企業での月給が絶たれることによって、数十万人から100万人もの餓死者が出た。

状況が変わり始めるのは2000年頃からだ。国営企業が本来の役割を果たせない中、住民達、特にアジュンマ(家庭の主婦)が中心になって、ヤミ市場を拡大させていく。

覚せい剤の蔓延

北朝鮮政府もなんとかヤミ市場をコントロールしようとするが、絶対的なモノ不足のために結果的に追認せざるをえなくなる。このヤミ市場を中心として、しばらくはなりを潜めていた「ヤクザ」達が復活したようだ。

ヤミ市場で売られている商品は主に生活物資だが、そこではやはり「違法なビジネス」の温床となっていく。さらにヤミ市場で売られる商品のほとんどが中国製。つまり、中国との交易が拡大することによって、様々な利権とシノギが生じるのは不可避だ。

代表的な違法ビジネスは、やはり覚せい剤の密輸。北朝鮮で製造された覚せい剤――通称オルム(氷)――は、以前は中国が主な取引先だった。中国を通じて、日本やロシア、その他の国々に流通していたのだ。

しかし、中国側が覚せい剤を国家的に問題視したことにより、北朝鮮当局も取締をきつくせざるをえなくなり、密輸も難しくなった。

ヤクザの暗躍

その結果、余剰した覚せい剤が、今度は北朝鮮国内で出回ってしまう。そもそも医薬品不足の北朝鮮では、覚せい剤は鎮痛剤のような感覚で一般の人々の間でも使われている。

また、ヤミ市場を通じて「商売をして金を儲けること」を学んだ北朝鮮人は、密輸だけではなく、飲み屋、売春宿、ビリヤード場など、様々なサービス業を営み始めた。この裏で「ヤクザが暗躍しつつある」と語るのは、連載の1回目でも登場した崔勇男さんだ。

「愚連隊というより、市場を通じて稼ごうとするヤクザが増えているという噂は聞く。北朝鮮のヤクザも、かつては堅気にはあまり手を出さなかった。しかし、市場経済が広まるなかで、一般住民のなかにヤクザが入り込んでいくことは避けられないだろう」

任侠ヤクザから経済ヤクザへ——―日本のヤクザ事情と同じく、北朝鮮の「ヤクザ事情」も日々変化しているのだ。(了)

【実録 北朝鮮ヤクザの世界(上)】28歳で頂点に立った伝説の男

(取材・文/デイリーNKジャパン編集長 高英起)

    関連記事