米国のウェンディ・シャーマン元国務次官は3日、米ワシントンDCで行われた朝鮮半島関連セミナーの昼食会で発言し、「北朝鮮で内部崩壊またはクーデターが起こる可能性を想定するのは不可欠であり、韓国と米国、中国、日本が速やかに協議を行うべきだ」と述べた。

オバマ政権でイランとの核交渉を担当した同次官は、現在はヒラリー・クリントン前国務長官の外交ブレーンを務めており、クリントン氏が大統領選で勝利した場合、外交・安保を統括する要職に起用されると見られる。

「同窓会」を血の粛清

では、彼女の語った「クーデターの可能性」は、どれほど現実味のある話なのか。

たとえば北朝鮮の権力構造について語るとき、「軍部強硬派の反発」「軍部の暴走」などに言及したがる向きが少なくない。しかし実際のところ、そんなものは根拠のない作り話に過ぎない。北朝鮮にはそもそも、「軍部」と言えるような権力グループが存在しないからだ。

「軍部」とは、高級参謀から指揮命令系統で現場将校につながる「縦のライン」、士官学校での同窓関係でつながる「横のライン」、縁戚関係でつながる「斜めのライン」が絡み合い、政治に影響を及ぼす権力グループとして構成されるものだ。

北朝鮮ではたとえ軍幹部といえども、こうした私的な人脈作りは許されない。実際、1990年代にはソ連留学組の「同窓会」が血の粛清を受けており、それ以来、軍人たちへの統制はさらに強まった。

見世物のように虐殺

ならば、北朝鮮の軍が体制に牙をむくことは絶対にあり得ないのかといえば、上記のような事情に変化の様子もうかがえる。

北朝鮮には、2種類の軍人がいる。軍の思想統制や人事を掌握する「政治軍人」と、戦闘指揮を担う「野戦軍人」である。そして、前者の代表格は正恩氏の最側近として知られる黄炳瑞(ファン・ビョンソ)総政治局長であり、後者に含まれるのが2月に処刑されたと見られている李永吉(リ・ヨンギル)総参謀長や、まるで見世物のように虐殺された玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)前人民武力部長だ。

そう、このところ相次いで姿を消したのは、いずれも野戦軍人の出世頭たちなのである。こうした状況をざっくりと分析するならば、叩き上げの野戦軍人たちが元々は党官僚である政治軍人たちとの権力闘争に敗れ、出世の「肥し」にされているようにも見える。

実際、韓国政府が2月10日、核実験に対する制裁措置として、北朝鮮南部・開城(ケソン)で展開してきた南北協力事業、開城工業団地の稼働を「全面中断する」と発表した際には、韓国の情報筋から次のような解説も聞かれた。

「韓国政府は表向き、核実験への制裁をアピールしましたが、本当は李永吉氏の処刑が稼働中断の第一の理由。北朝鮮の野戦軍人の中に、金正恩氏に対する不満が溜まっているとの情報があるのです。もしかしたら異変が起きる可能性もあり、工団に駐在している韓国国民を早いうちに退避させて置きたかった」

もしかしたらウェンディ・シャーマン元次官の発言も、こうした情報を共有したうえでのものだったのかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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