韓国では、4月19日は歴史的に意義深い日だ。1960年3月に実施された大統領選挙での不正に反発した学生や市民が、一斉に蜂起。大規模なデモを展開して当時の李承晩(イ・スンマン)大統領を退陣に追い込んだのだ。その過程で、犠牲者も大勢出た。この出来事は「4・19民主革命」と呼ばれ、ソウル市江北区には国立の墓地があり、朴槿恵大統領も何度か参拝している。

韓国ではその後も、大規模な民主化要求デモが繰り返し起きており、そこでも多数の犠牲者が出ている。

北朝鮮は、ことあるごとにそれらの出来事に言及し、韓国政府に対する非難の材料に使っているのだが、それがとんだお門違いであるのは言うまでもない。北朝鮮国内にも、体制に対する反発は昔からあった。北朝鮮の情報統制があまりに厳しく、なかなか外部に知れなかっただけだ。

最近ではあまり語られることがなくなったが、北朝鮮でも何度かクーデター未遂が起きている。1992年には、軍のソ連留学組のエリートが中心となり、金日成・正日親子の暗殺を計画。1994年には朝鮮人民軍第6軍団が蜂起を計画したが、いずれも実行前に抑え込まれている。

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これらの他に、「もしかしたら」と思わせる出来事もあった。