北朝鮮が海外で経営するレストランの従業員13人が集団脱北し、昨日、韓国に入国していたことが8日、明らかになった。これだけ大人数の集団脱北は、極めて希なケースだ。本欄で、北朝鮮レストランの経営悪化ぶりを伝えたばかりだが、改めてそれが確認された形だ。

そもそも、世界各地に存在する北朝鮮レストラン(以下:北レス)は、韓国人観光客にとって北朝鮮の人々と触れ合うことができる数少ない機会とあって、人気を集めていた。近年では、特に容姿端麗なウェイトレスの写真がネットで出回り、韓国の若者たちの間でアイドル並みの人気を博している例もある。

しかし、今年に入って北朝鮮の核実験と長距離弾道ミサイルの発射実験をめぐり、国連安全保障理事会は、対朝鮮制裁決議を採択した。韓国政府は独自の経済制裁を発動し、その一環として、韓国民の北朝鮮レストランの利用に自粛を呼びかけた。

この影響からか、カンボジアのプノンペンにある北朝鮮レストラン6店舗のうち3店舗が営業を中止したと聯合ニュースが7日、報じた。残りの3店舗も経営は苦しく、ベトナムにある4店舗も客足が5~6割以上も減っているという。また、米政府系放送局のラジオ自由アジア(RFA)は先ごろ、中国遼寧省・丹東にある15店舗のうち、3店舗が廃業したと報じた。

こうした状況の中、当然のごとく、北レスの従業員たちにしわ寄せが及んでいた。丹東の北レスでこの2月から、従業員の賃金が未払いとなっているのだ。中国のデイリーNK対北朝鮮情報筋によると、賃金が未払いになったのは今年2月分から。3月分も未払いになっている可能性が高い。

彼女たちは家族に仕送りするために、食べたいものも我慢するなど爪に火をともすような生活を送りながら、1ドル、2ドルと貯金している。それなのに、賃金が支払われなくなっても文句ひとつ言えず、故郷にいる両親を思い出し、従業員同士が抱き合って涙をこらえているような有様だという。

北朝鮮当局は賃金未払いに対してこれといった対策を立てておらず、従業員の思想統制や監視を強化するだけだ。それどころか、本国へ送る上納金のノルマ達成のため、ウェイトレスに強制売春をさせているという情報もある。昨年12月には、売春を強要される状況に耐えきれず、ウェイトレスが失踪する事件も起きたという。

2月までは、従業員らが市場や町中に遊びに行く際には、3人で行動することを条件に許可が与えられていた。ところが3月からは「敵対勢力が祖国をひっくり返そうとしている。敵は、海外に住むわが人民を虎視眈々と狙っている」との理由で、外出が許可されなくなった。

賃金も支払わず、統制を強化するばかりで「米国をはじめとした敵対勢力の経済制裁のせいだ。給料がもらえなくても愛国心を持って働こう」などと無茶なことを言う当局に対して、従業員の間では不満が高まっている。

こうしたなか、起こるべくして起こったのが、今回の「北朝鮮レストラン集団脱北事件」だ。これだけの大規模な脱北だけに、今後、北朝鮮は、受け入れた韓国政府に対する非難声明を出してくる可能性がある。また、彼女たちが北朝鮮に残している家族に危険が及ぶ可能性もなきにしもあらずだ。ただし、今回の事件を引き起こした張本人は、北朝鮮の人民大衆の生活を顧みず、核やミサイルに突っ走って、経済制裁を招いた金正恩第一書記だ。


高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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