中朝国境の町、遼寧省丹東。そこから車に乗り、鴨緑江に沿って遡ること1時間。古ぼけた橋が見えてくる。当時の満州国政府が建設にあたり、1942年12月に完成した旧清城大橋だ。

朝鮮戦争の時、北部国境地帯まで追い詰められた北朝鮮軍を支援するために、中国人民解放軍は1950年10月、北朝鮮への進撃を開始した。多くの兵士がこの橋を渡り戦場へと向かったのだが、その中には毛沢東の長男、毛岸英もいた。

彼は同年11月25日、橋から南東に50キロほどのところの平安北道昌城郡東倉面大楡里(現在の東倉郡大楡労働者区)にあった中国人民解放軍の司令部作戦室で、米軍の爆撃に遭った。ナパーム弾は、藁葺きの作戦室をあっという間に燃やし尽くし、彼は逃げる隙もなく亡くなった。

彼の渡った橋も、翌年の3月29日に、米軍の爆撃で真ん中の部分が崩落してしまった。それ以降、修復されることなく今に至る。橋の袂には、彼の功績をたたえて銅像が立てられている。

今では「河口断橋」と呼ばれるこの橋には多くの中国人観光客がやって来る。中国現代史の現場であると同時に、北朝鮮のリアルな姿を間近に見ることができるからだ。

橋の袂の船着き場から遊覧船に乗ると、北朝鮮にわずか数メートルのところまで接近することができる。中国と北朝鮮の国境は鴨緑江の真ん中ではなく、川そのものとされているため、向こう岸に上陸しないかぎりは問題ないのだ。

北朝鮮側では、中国人観光客を誘致するための「観光特区」の建設が行われているが、、経済制裁の強化でその先行きは不透明だ。

そんな情勢だが、岸辺では、北朝鮮国境警備隊の兵士が、仲間たちとおしゃべりに夢中になっている。

北朝鮮軍兵士のキラースマイル(画像:デイリーNK)
北朝鮮軍兵士のキラースマイル(画像:デイリーNK)

爆撃で破壊された橋で記念撮影をする中国人観光客。北朝鮮の国境警備隊は、観光客の増加に対応するために大型の警備哨所を建設した。(画像:デイリーNK)
爆撃で破壊された橋で記念撮影をする中国人観光客。北朝鮮の国境警備隊は、観光客の増加に対応するために大型の警備哨所を建設した。(画像:デイリーNK)

国境地帯のいたるところに警備哨所が建てられている。壁には「革命的警覚性(警戒心)をさらに高めよう!」とのスローガンが書かれている。(画像:デイリーNK)
国境地帯のいたるところに警備哨所が建てられている。壁には「革命的警覚性(警戒心)をさらに高めよう!」とのスローガンが書かれている。(画像:デイリーNK)

鴨緑江沿いにある、女性だけを収監する教化所(刑務所)。遊覧船に乗ると、かなり近くまで接近できる。(画像:デイリーNK)
鴨緑江沿いにある、女性だけを収監する教化所(刑務所)。遊覧船に乗ると、かなり近くまで接近できる。(画像:デイリーNK)

北朝鮮の国境警備隊の兵士が警備艇に乗ってパトロールを行っている。女性たちが畑仕事に精を出す姿も見える。(画像:デイリーNK)
北朝鮮の国境警備隊の兵士が警備艇に乗ってパトロールを行っている。女性たちが畑仕事に精を出す姿も見える。(画像:デイリーNK)

北朝鮮の女性兵士が薪をまとめている。3人ともおかっぱ頭だ。(画像:デイリーNK)
北朝鮮の女性兵士が薪をまとめている。3人ともおかっぱ頭だ。(画像:デイリーNK)

北朝鮮軍の38国境警備旅団朔州大隊の建物に登って工事を行う兵士たち。高さは10メートル以上もあるが、安全装備は一切身に着けていない。(画像:デイリーNK)
北朝鮮軍の38国境警備旅団朔州大隊の建物に登って工事を行う兵士たち。高さは10メートル以上もあるが、安全装備は一切身に着けていない。(画像:デイリーNK)

個人耕作地で畑仕事に精を出す女性たち。犬の姿も見えるが、留守宅につなぎ留めておくと盗まれてしまうからだという。(画像:デイリーNK)
個人耕作地で畑仕事に精を出す女性たち。犬の姿も見えるが、留守宅につなぎ留めておくと盗まれてしまうからだという。(画像:デイリーNK)

 

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