北朝鮮と韓国の宣伝戦が激化し「ビラ戦争」がエスカレートするなか、北朝鮮が散布したと見られる対南ビラがついに日本でも発見された。ビラには韓国の朴槿恵大統領、米国のオバマ大統領が鋭利な刃物で切り刻まれて、出血したようなイラストや、物々しいフォントで書かれた脅迫まがいの文言がならんでいる。

対南ビラが韓国で発見される事例は、今年に入って急増しており、現在までに700万枚が散布されたと見られている。北朝鮮がドローンで運搬して落下させたと見られる対南ビラは、自動車や水道タンクなどを破壊した。今のところ、人的被害はないが、人に当たれば大けがする可能性もある。


しかし、なぜ、対南ビラが日本で、そして1枚だけ見つかったのか。発見された鳥取県の日本海側は、これまでも北朝鮮からの漂流ゴミが多く発見されたスポットだ。おそらく、韓国へ散布するためのビラの一部が、韓国東岸から風や波に乗って、鳥取まで到達したと見られる。

それにしても、今回発見された北朝鮮の対南ビラの内容もイラストも、実に毒々しい。こんなものを読んで北朝鮮の主張に同調する韓国人は到底いないだろう。もちろん、北朝鮮側もビラによって韓国人が政治的に覚醒されるとは思っていないはずだ。では、対南ビラの目的は何なのか。

ずばり「韓国社会へ与える恐怖」である。

南北が互いの体制優位を主張する心理戦では、北朝鮮に勝ち目はない。しかし、地理的に遠くないことから、いつでも韓国に対して攻撃ができるという恐怖を与え、韓国社会に「北朝鮮の脅威」を知らしめることは可能だ。実際、北朝鮮の攻撃手段は、韓国、そして日本さえも既に射程圏内に収めている。


このように恐怖を煽る北朝鮮に対して、刺激せずに譲歩しながら押さえ込むべきーーすなわち宥和政策を取るべきという声が、韓国社会に少なからず存在する。つまり、核・ミサイルだけでなく、相次ぐミサイル発射や金正恩第一書記の軍事関連の視察、そして北朝鮮が仕掛けたと見られるドローンによる対南ビラの散布は、韓国社会に恐怖を与えて、北朝鮮に宥和的な世論作りを狙ったものという見方も可能だ。

そうした意味では、13日投開票の韓国総選挙で、韓国世論がどのような判断を下すのかにも注目される。

北朝鮮は、国家・民間に限らず、交渉するにあたって、優位に立つためには、物理的な軍事力のみならず、言葉による攻撃や心理戦、時には人質さえも使うなど、ありとあらゆる手段を利用する。そして、体制の存続をかけて核とミサイルに執着しているのが金正恩氏であることを忘れてはならない。


高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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