北朝鮮の金正恩第一書記は、幹部を中心に無慈悲な粛清政治を続けている。今年1月には、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)総参謀長の李栄吉(リ・ヨンギル)氏が姿を消し、粛清、もしくは処刑されたと見られている。昨年には、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相(国防大臣)が高射砲におって銃殺刑に処されるなど、その無慈悲な粛清・処刑ぶりは、とどまることを知らない。


金正恩氏は、幹部達に対する恐怖政治を強化する一方、一般庶民に対する処刑や統制は緩和していると言われることもあるが、決してそうではない。たとえば、携帯電話で韓国と通話をした罪で公開処刑が行われたり、韓流ドラマを視聴した罪で、高校生が公開裁判にかけられている。多少の緩和はあれど、恐怖政治は相変わらずだ。


そんななか、北朝鮮の大幹部である崔龍海(チェ・リョンヘ)朝鮮労働党書記が、が韓流ドラマのせいで思想教育を受けたという説が出てきた。

崔龍海氏は、昨年10月頃から12月にかけて、公式の場から一切姿を消していた。この内幕について、韓国の北朝鮮専門家であるチョン・ソンジャン氏は、消息筋の話を引用しながら「崔龍海氏の長男が韓流ドラマを視聴したことが国家安全保衛部(秘密警察)に発覚し、息子とともに『革命化教育(思想教育)』を受けることを自ら望んだ」と明らかにした。一方、韓国の情報機関・国家情報院は、建設中の発電所の現場で不備があったことで責任を問われ、一時的に失脚したと見ている。

ここで真相を断言することは不可能だが、この件をめぐって筆者に興味深い情報を打ち明けてくれた人物がいる。 その人物とは東京新聞北京支局の城内康伸氏。城内氏は、北朝鮮内部に貴重な情報筋を持ち、数々のスクープを放っている。昨年11月には、日本人拉致に関する極秘資料を入手し大スクープを放った。ちなみに、この報道をめぐって、北朝鮮を支持する朝鮮総連は、東京新聞に対して「北朝鮮の『悪魔化』許せない」と熾烈な抗議活動を展開した。

城内氏の情報源は、崔龍海の失脚説について「理由は女性問題。しかし、いずれ再登場するだろう」と明かしたとのこと。この情報源が語るように崔龍海氏は、しばらくして復権したことから、精度の高い情報とも言える。

北朝鮮政治の表舞台に立つ大幹部が、「女性問題で失脚」というのもにわかに信じがたいかもしれないが、実はこの崔龍海氏、過去には変態性欲スキャンダルで醜聞にまみれたことがある。そうした点でも、城内氏の情報源の証言には説得力がある。

いずれにせよ、崔龍海氏が数ヶ月の革命化処分ですんだのは、彼の父が金日成氏とも盟友だった崔賢氏であり、北朝鮮の尺度からすれば血統的によかったことが一つ。そして、政治的に金正恩氏を脅かす存在ではなかったことということだろう。

浮き沈みの激しい北朝鮮政治のなかで生き残っていることから、日韓メディアは崔龍海氏を金正恩体制のキーパーソンと見るむきもあるが、父の威光でかろうじて生き延びている取り巻き連中の一人にしか過ぎない。逆にいえば、この程度の人物でさえも表舞台に立つ金正恩体制の危うさを物語っているともいえる。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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