100を超える韓国企業が操業していた北朝鮮の開城(ケソン)工業団地が閉鎖されてから1ヶ月。北朝鮮国内では、強い不満が噴出。なかには「まるで強盗だ」という非難の声や、良識のある若い大学生たちからは「非常に恥ずかしい」という声も出ている。

とりわけ、開城で働いていた労働者の不満は強い。なぜなら、工団は近代的な韓国の生活を味わえる数少ない場だったからだ。たとえば、「労保物資」(労働者を保護するボーナス)の名で支給されてきた韓国製のチョコパイと即席麺が好評を博してきた。これらは、外部の市場に転売されるなどして、北朝鮮全土で人気商品になるとともに、大衆が韓国にあこがれるきっかけにもなった。

工業団地内のインフラは、北朝鮮の他地域と比べものにならないほどよく、大人気だった。24時間、電気と温水が安定的に供給されることは、電力難に苦しむ北朝鮮の人々にとってはまさに「希望の光」だったのだ。

北朝鮮当局は「金正恩氏の人民愛のおかげで、人民はこんなにいい暮らしをしている」と宣伝しているが、実際に「いい暮らし」をもたらしてくれたのは、正恩氏ではなく韓国政府と企業だったのだ。なかには、「工業団地こそが社会主義の地上の楽園」と評する人もいる。まさに金正恩氏の顔も丸つぶれだだろう。

ところが、突然の工業団地の閉鎖で、仕事も電気も希望も奪われてしまい、時代が数十年逆行してしまった。「もしかしたら再開するかもしれない」。そんなかすかな希望を抱く人もいたが、北朝鮮当局は10日、工業団地の「北朝鮮国内にある韓国企業と関係機関のすべての資産を完全に清算(没収)する」と発表。その希望は無残にも打ち砕かれた。

開城工団という「地上の楽園」を奪われた人々の怒りは、体制への不満として現れている。

彼らは、「命綱が絶たれた」 「10年間積み重ねてきた成果が、指導者の気まぐれで水の泡と化した。世界広しといえども、北朝鮮でしか見られない悲劇」 「明るかった開城が、あっという間に暗黒の街と化してしまった。政府当局に対して反感を抱くのは当然の流れだ」 という反応を示している。

北朝鮮当局にとって、ここまで高まった不満を抑えることはそう容易ではないだろう。南北関係を改善して工業団地を再開させることが一番の方法だが、北朝鮮国民のことを顧みず対決姿勢を露わにする金正恩第一書記には、その選択肢はないようだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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