連載・日本の対北朝鮮情報力を検証する/自衛隊編(4)

2007年6月、日本共産党委員長の志位和夫氏は国会で記者会見し、「自衛隊情報保全隊(情報保全隊)が自衛隊イラク派遣に反対する市民団体などを監視していた」と、同隊が作成したとする内部文書を手に糾弾。これが、いわゆる「自衛隊による国民監視差止訴訟」の動きにつながる。

情報保全隊による「国民監視」の是非は、今年2月2日に仙台高裁で言い渡される判決に任せることにして、この聞き慣れない部隊は、果たしてどのような集団なのだろうか。インテリジェンスに関心がある向きなら、情報保全隊の名に聞き覚えがなくとも、「調査隊」については知っているはずだ。

戦後、占領下の日本で暗躍し、下山事件(1949年)などの謀略事件に関与したといわれる米軍「CIC」(Counter Intelligence Corps=対敵諜報部隊)によって作られた「調査隊」は、未だ真相が明らかとなってない、ある重大な事件に関与していたのだから。

自衛隊員が尾行

1983年8月15日、韓国の野党指導者(後の大統領)である金大中氏が、満身創痍となってソウルの自宅前で発見された。当時、民主化運動のリーダーとして軍部出身の朴正煕大統領と対立していた金大中氏は、事実上、アメリカに亡命中の身であり、講演のため東京に滞在しているはずだった。事件の顛末はこうだ。

金大中氏の大統領選出馬を阻止するために、韓国中央情報部(KCIA)が白昼堂々、東京・飯田橋のホテルグランドパレスから同氏を拉致し、工作船に乗せて連れ去った。これを察知した米軍がヘリコプターを飛ばして殺害を中止させたともいわれるが、真相は藪の中だ。

だが、この事件に調査隊関係者が関わっていたことは、あまり知られていない。陸自中央調査隊出身で興信所を経営していた元3等陸佐は、KCIA要員である韓国大使館員から金大中氏の動向調査を依頼され、現職の陸自東部調査隊の隊員とともに同氏を尾行した。

そして、KCIAは元3等陸佐らが突き止めた情報によって金大中止を拉致した。これが警察の捜査で明らかになった“事実”だ。

この調査隊が、2000年のボガチョンコフ事件を機に情報保全隊となり、07年のイージス情報漏洩事件を受けて、それまで陸海空自衛隊に置かれていた情報保全隊が統合され、防衛大臣直轄の自衛隊情報保全隊となった。そして、現在は1000人近い隊員を要する、公安調査庁(公調)に次ぐ規模の防諜機関に成長したのだ。

何の権限もないスパイハンター

あるハム担(公安担当記者)は、情報保全隊を「公安以上に秘密のベールに包まれている」と指摘する。

「情報保全隊の北朝鮮担当は、警察でいえば署長や課長クラスの幹部、それも心理戦や朝鮮語を習得したエリートです。そういう面々が現場で動いているから、警察や公調が取れないネタも取ってくると聞いたことがある。ある韓国関係のパーティーで流暢な韓国語を操る男性がいたので、知人の公安に仲間かと聞いたら『防衛省』だと言っていました。たぶん、情報保全隊員なのでしょう。ハム担の中にも、情報保全隊の実態を知る者はほとんどいません。エピソードを拾えれば、なかなか面白いネタになるんですが」(公安担当記者)

しかし、防衛省は国会で情報保全隊の活動内容が取り上げられた際、「自衛隊への働きかけを防止するため、警察やインターネットから情報収集している」という趣旨の答弁をしている。この説明と「心理戦のプロ」や「韓国語の流暢な男」の存在は、かけ離れているのではないか。この疑問に公調OBは、こう回答する。

「小ネタの乱獲」

「情報保全隊は警察や公調と異なり、調査に関わる何の権限も与えられていないんだ。役所に行って、調査対象者の住民票や外国人登録のデータを見ることすら許されていないから、そういった基本情報については治安機関頼みにならざるを得ない。その一方で、北朝鮮工作員の動きや日本国内でのスパイ網など、国土防衛に直結する情報についてはやたらと詳しかった。金大中事件が示唆しているように、韓国側と安保の機微に触れる情報をやり取りしているのだろう」

つまり、朝鮮総連などの“オモテ”の活動の解明を重視する警察や公調とは違い、情報保全隊は、有事に北朝鮮と連携して姿を表すスリーパーなど“ウラ”の実態解明を指向しているということだ。

そのためには、北朝鮮の内情を知る脱北者や韓国情報機関との接触は不可欠だし、心理戦のプロや語学力を備えた人材も必要になるのだろう。

しかし、本来このようなカウンターインテリジェンスは、外事警察が自分たちの「王道」と称していたものだ。外事警察は漆間巌警察長官(当時)の「政治警察宣言」以降、北朝鮮への圧力としての捜査にシフト。「小ネタの乱獲」に走ったが故に情報戦能力を落とした経緯については、本連載でも触れた。

では、そこで空いた穴を情報保全隊が埋められるかと言えば、そういうわけでもなかろう。

「国民監視差止訴訟」でどのような判決が出されるにせよ、「権限なき情報機関」には同じような葛藤がつきまとう。

常に支持率と再選を気にかける議会制民主主義の政権は、こんな“謎の集団”を拡大させるくらいなら、既に「市民権」を得ている外事警察や公調のテコ入れを選ぶだろう。それも、報道向けパフォーマンスのための「小ネタの乱獲」を止める気があるならばだが……。(【自衛隊編】おわり)

(取材・文/ジャーナリスト 三城隆)
【連載】対北情報戦の内幕

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