2012年には、金正恩氏の最高指導者「即位イベント」でのドンチャン騒ぎが引き金になり、凄惨な事件が多発した。同年4月10日、まずデイリーNKが「餓死者急増」の第一報を打つ。続いてアジアプレスが現地の状況を詳細に伝えるに及び、阿鼻叫喚の実態が伝わってきた。耳を疑うような「人肉事件」の証言さえ、多数含まれていた。
もっとも、こうした「イベント」依存の統治は、正恩氏に始まったことではない。
1989年には故金日成主席の誕生日イベント(4月15日)に間に合わせようと強引なペースで高速道路の建設を進めたために、橋梁が大量の労働者を乗せたまま崩落。後に韓国へ逃れた目撃者たちの証言によれば、現場は原形をとどめない死体が散乱し、救助の看護師たちが気を失うほどの地獄絵図と化したという。
つまり、北朝鮮の指導者たちが好んできた「イベント政治」は、国家の勢いをアピールしているように見えても、その裏側では体制の矛盾を増大させてきたというわけだ。
金正恩氏が、そんな「不都合な真実」に気付く日は来るのだろうか。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。