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しかし、呉源哲の証言はこれと食い違う。開発プロジェクトは朴正熙が暗殺される直前まで行われ、韓国はウラン濃縮とプルトニウム抽出を自力で行えるだけの技術力を獲得するに至り、ウランの精錬過程で得られる「イエローケーキ」が、朴正熙に直接見せられた場面もあったという。

そして1970年代末のある日、朴正熙は核武装を断行するか、否かを決定するため、呉源哲、金鼎濂(キム・ジョンリョム)秘書室長、徐鐘喆(ソ・ジョンチョル)国防長官、国防科学院の責任者ら4人を執務室に呼び入れた。

「この日の決定はとても重要な内容だった。 核に対する朴大統領の意志が込められていた。しかし、これだけはいくら求められても公にすることはできない。ただ、とても肯定的な内容であったという点だけ分かって欲しい」(呉源哲)

果たして、「肯定的な内容」が何を意味するのかは推し量るしかないが、確かなのは、朴正熙が最終的に核武装を放棄したということだ。彼がどのようにしてその決定を正当化したかはわからないが、背景にアメリカの圧力があったことは間違いない。

では、アメリカは一体どのようにして、朴正熙の「核の野望」を挫いたのだろうか。(つづく)

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(取材・文/ジャーナリスト 李策)

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