朴正熙「平和を守るためだ。技術を確保しろ」

韓国の核兵器開発を阻止するために、CIAはどのようなオペレーションを展開したのか。そしてそこで若きスパイ、リチャード・ローレスはどのように活躍したのか――公式には、その具体的な事実は詳らかにされていない。

しかし韓国の情報コミュニティーに豊富な人脈を持つ公安調査庁のOBによれば、概ね次のようなことが言われているという。

「ローレスはアメリカに留学し、核関連技術を学んで帰国した韓国人から『核兵器開発のプロジェクトに加えられて悩んでいる』という話を聞いたらしい。どうやらその人物を協力者として運用し、本国に韓国の核開発計画の全容を伝えたようだ」

また、1973年からの3年間、CIA韓国支局長を務めていたドナルド・グレッグ(後の駐韓大使)は韓国メディアのインタビューに答え、アメリカが韓国の核開発を察知したのは1973年のことだったと明かしている。もし、ローレスの〝英雄譚〟が事実だとするならば、弱冠27歳にして大金星を上げたことになる。

アメリカに「失望」

ちなみにグレッグはこのインタビューで、朴正熙が核兵器開発を進めた理由について次のような分析を語っている。

「韓国は10年もの間、アメリカの要請を受けてベトナム戦争に参戦した。韓国はベトナム参戦を通じてアメリカから得た外貨でセマウル運動(地域開発運動)を行うなど、経済発展のためのシードマネーに活用したのだ。

しかしもうひとつ、ベトナムが崩れればドミノのように共産化が広がり、韓国が危険にさらされると見ていたことも、ベトナムに参戦した理由だった。ところで私が1973年に韓国へ赴任したその同じ年、米軍はベトナムから撤退した。朴正熙はそれを見ながら、アメリカとの同盟に対する信頼を失い始めた。これこそ彼が核開発に踏み出した理由だ」

果たして、核兵器開発を巡ってアメリカと韓国はどのような情報戦を繰り広げたのか。

韓国の『週刊朝鮮』は2010年1月、核兵器開発プロジェクトの責任者だったとされる呉源哲(オ・ウォンチョル)の証言をもとに、その実態についてレポートしている。

1928年生まれで、ソウル大学工学部を卒業後、空軍技術将校を経て政府の要職に就くようになった呉源哲は、当時は青瓦台(大統領府)の経済第2首席として、防衛産業全般の政策指導を担当していた。

監視をすり抜け

レポートによると、朴正熙は1972年の初め、呉源哲を執務室に呼び、「平和を守るために核兵器が必要だ。技術を確保しなさい」と指示したという。

呉源哲はこれを受け、韓国科学技術研究所(KIST)や国防科学研究所など7つの研究機関を動員し、核兵器開発のための極秘プロジェクトをスタートさせた。

各研究機関はまず、国内でウラニウム調達が可能か、プルトニウム再処理施設を備えることができるかなどを検討し、基礎資料を作成した。呉源哲がそれらの課題を複数の研究機関に分散して任せたのは、アメリカの監視をすり抜けるための苦肉の策だった。

グレッグの証言によれば、アメリカは韓国が極秘プロジェクトをスタートさせた直後にその動きをつかんだとのことだったが、韓国側もそのことを察知していたようだ。呉源哲は次のように語っている。

「アメリカは1975年、われわれが核燃料再処理施設を確保するためにフランスと交渉を行っているという事実を知って以降、国内に搬入される国防関連機器や資材をいちいち点検した。 だが、分散研究による保安対策により、核兵器開発の確かな物証を探し出すことには失敗した」

大統領も見た「イエローケーキ」

グレッグは前述したインタビューで、韓国がアメリカの求めを受けて核兵器開発を中止したのは、1977年頃だったとしている。

しかし、呉源哲の証言はこれと食い違う。開発プロジェクトは朴正熙が暗殺される直前まで行われ、韓国はウラン濃縮とプルトニウム抽出を自力で行えるだけの技術力を獲得するに至り、ウランの精錬過程で得られる「イエローケーキ」が、朴正熙に直接見せられた場面もあったという。

そして1970年代末のある日、朴正熙は核武装を断行するか、否かを決定するため、呉源哲、金鼎濂(キム・ジョンリョム)秘書室長、徐鐘喆(ソ・ジョンチョル)国防長官、国防科学院の責任者ら4人を執務室に呼び入れた。

「この日の決定はとても重要な内容だった。 核に対する朴大統領の意志が込められていた。しかし、これだけはいくら求められても公にすることはできない。ただ、とても肯定的な内容であったという点だけ分かって欲しい」(呉源哲)

果たして、「肯定的な内容」が何を意味するのかは推し量るしかないが、確かなのは、朴正熙が最終的に核武装を放棄したということだ。彼がどのようにしてその決定を正当化したかはわからないが、背景にアメリカの圧力があったことは間違いない。

では、アメリカは一体どのようにして、朴正熙の「核の野望」を挫いたのだろうか。(つづく)

(取材・文/ジャーナリスト 李策)

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