2002年10月、金正日総書記が両江道(リャンガンド)大紅湍(テホンダン)郡を現地指導した際、現地の党組職書記(※注)がその場で解任される事件が起こった。

(※注=郡の党委員会で、組織運営を担当している書記)

この事件は、現地の国家機関や行政機関に勤務した北朝鮮人の間では、広く知られており「金正日秘話」となっていた。なぜなら、北朝鮮当局が聖人君子のごとき伝える金正日氏の姿と違って、彼の即興的で冷酷な性格、そして女性に対する特別な執着心を見せた出来事だったからだ。

デイリーNKが調査したところ、現地出身の脱北者との接触を通じて、事件に関する証言を得た。証言は、当時の労働新聞の報道と、日時、場所などが完全に一致。さらに複数の両江道出身の脱北者から、事件の詳細について知ることができた。

美女への執着

2002年10月8日、金正日総書記は大紅湍郡の茂山地区進攻戦闘勝利記念塔を訪問した。訪問から2日後の10月10日に、労働新聞は大紅湍郡の現地指導を報じた。

労働新聞は、金正日総書記は、労働党中央委員会の金国泰(キム・グッテ)氏、チョン・ハチョル氏、金己男(キム・キナム)氏とともに、茂山地区戦闘勝利記念塔で撮影した写真を載せた。

さらに、「ジャガイモ農業で大きな成果をおさめた大紅湍郡のジャガイモ農業に深い関心を向けなければならない」という金正日氏の教示の内容も伝えた。

しかし、この報道の裏では、金正日氏の即興的な荒っぽい性格が人々を驚かし、当惑させる出来事が起きていた。最も災難に遭ったのが、赴任して間もない両江道大紅湍郡のキム・ジョンスル組職書記(※注)だった。 (※注=郡の党委員会で、組織運営を担当している書記)

党書記の受難

この日、金正日氏が現地に到着すると、ジャガイモ農業と地方の工業問題を報告するために、キム・ジョンスル組織書記は、故金日成主席の銅像前で待機していた。

当時、労働党の幹部たちは、金正日氏の身なりや帽子、後ろに少し身を反らす姿勢まで真似しなければならないと考えていた。とりわけ、金正日氏にへつらう幹部は、全ての行動を真似ようとしていた。

キム・ジョンスル組織書記は、金正日氏に直接会えるということで「スピード出世のチャンスだ!」と思い、満を持して特別に身だしなみに気を使った。髪形は、当時幹部たちの間で流行していた「将軍様ヘア(パーマのかかった髪)」にわざわざ変えた。

また、金正日氏のご機嫌を取るために、大紅湍郡革命戦跡地の解説講師のなかから、とくに美人の女性講師を選んで、花束を渡す係としてお膳立てした。

「お前は何者だ!」怒声に震える

金正日氏を乗せた自動車が、大紅湍郡革命戦跡地の前に止まると、組職書記は興奮状態で車の前に駆け付けた。しかしその時、かみなりが落ちたような声が鳴り響いた。

「おい! このやろう、お前は誰だ!」

黒いサングラスに「狩人帽子」を深くかぶった金正日氏が、急に怒鳴り散らした。周囲で待機していた随行員と護衛総局の職員は、金正日氏のいきなりの怒声にざわめいた。しかし、金正日氏の声は続く。

「お前は、どこで働いていた奴だ?」

大声を出す金正日氏の前で、キム・ジョンスル組織書記は、わけも分からずぶるぶると震え、かぼそい声で答えた。

「はい…人民軍の軍官(将校)をしている途中に除隊して、すぐに軍の組職書記に配置されてきました」

「以前はどこにいたのか」

「… … …」

「その前は」(金正日氏)

「… … …」

「その前は」(金正日氏)

「将軍様ヘア」に激怒

大声を出した金正日氏は、のどが痛くなったのか、部下たちを振り向いてこう言い放った。

「地方幹部の頭を見ろ! パーマまでしやがって」

部下たちは、金正日氏が怒鳴った理由を即座に理解した。大紅湍郡の組職書記のヘアスタイルが問題だったのだ。

北朝鮮では、風変りなヘアスタイルを、「資本主義的な黄色物」と言って取り締まる。逮捕されれば労働鍛錬隊刑で強制労働の処罰を受ける。待ちに待った金正日氏と会ったキム書記は、握手もできないまま、護衛総局の兵士によって連行されて行った。

戦跡碑で金正日氏を迎える書記が逮捕され、関係者たちはどうしたらよいかの分からず混乱した。しかしその時、突然雰囲気が変わる。キム書記を追いやって振り向いた金正日総書記の顔が突然明るくなったのだ。

握った手を離さず

金正日氏は、自分に花束を渡すために待機していた女性講師を振り返って、にこやかにほほ笑んだ。そして、女性に近付き花束を受け取りながら話しかけた。

「やあ、きみの故郷はどこだね?」

明るくなった金正日氏の表情を見て、ようやくほっとしたように「●×▼です」と答える女性に、さらに言葉を続けた。

「きみの顔つきは本当にきれいだな! どうして、5課(金正日総書記の親衛隊と喜び組を選抜する中央党幹部の部署)に、選ばれなかったのかな」

金正日氏は、ついさっき、郡の組織書記に対して冷酷に対処した自分の行動もすべて忘れたかのように、女性の手をずっと握り離さなかった。周囲の部下たちが見ているのも全く意識せずにだ。

女性の言葉使いを誉めて、さらに背中までたたきながら笑い続けた。

美女の頬をつねり…

歓迎に出た郡書記のヘア・スタイルが気にいらずにその場で解任。かと思えば、女性に向かって微笑む姿に、関係者たちは呆れて絶句した。しかし、その表情を顔に出すことはできなかった。

金日成氏の銅像前で、解説を聞いた金正日氏は、出発する時間になっても、女性講師との会話をやめず、家族や住んでいる場所まで聞いて話を続けていた。

随行員たちが「将軍様、出発のお時間です」と声をかけると、金正日氏は別れを惜しむように、「ねぇ、きみ。どうして5課に来ることができなかったのかい?」と再び聞いた。その後、彼女とツーショットで記念撮影をした。車に乗る時には、女性講師の頬まで、そっとつねった。

「敬愛する金正日同志」の威厳は全く見られなかった。地方の関係者たちは、顔が真っ赤になり、立っているのさえやっとだったという。

キム・ジョンスル組織書記のヘアスタイルは、「将軍様ヘア」と言われ、中央党で流行していた。しかし、彼は事件後に解任され、周辺の農村の農場員として働くことを指示された。

全国的な取り締まり

当時の労働新聞をはじめ、北朝鮮国営メディアには、彼女と金正日氏が一緒に撮られた写真が大きく出ている。

北朝鮮には、「熱誠が悶着」という流行語があるが、こうした場合に使われる。大紅湍事件は、党幹部はもちろん、一般住民にまで災いを及ぼした。

保安員(警察)と、労働者で組織された監視隊(治安維持のために作った巡察隊)まで動員され、全国的に「将軍様ヘア」は取り締まられた。

くせ毛の住民までも取り締まられ、罰として通行量が多い通りに立たされた。職場では思想闘争のやり玉にあがるなど、金正日氏の勝手気ままな振る舞いのしわ寄せを受けた。

美女と幹部の複雑な関係

ところで、金正日氏に気に入られた女性講師はどうなったのだろうか。

その後、5課がやって来て、女性講師を連れていき身体検査までしたという。しかし、女性講師は、普段から幹部たちと複雑な私的関係を結んでいたことが発覚し、不合格になった。

さすがの将軍様も、女性講師の私的な関係までは見抜けなかったようだ。

この記事は2007年10月18日に掲載された「金正日の『女性に対する特別な趣向』見せた大紅湍事件」を再構成したものです。

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