北朝鮮の軍の長老、李乙雪(リ・ウルソル)元帥が7月に死去。それに伴って発表された葬儀委員会のリストが関心を集めている。

その第一の理由は、金正恩氏の最側近のひとりとして知られる崔龍海(チェ・リョンヘ)党書記の名前がないことだ。

李乙雪氏は金日成主席とともに日本軍と戦ったとされる「パルチザン」の出身であり、その戦友の息子である崔龍海氏は「パルチザン2」世だ。パルチザン出身者とその子孫は、金一族の周りを固める核心的な支配階層だ。李氏の葬儀委員に崔龍海氏が名前を連ねないなど、従来の慣例からは考えられない。

崔龍海氏は10月31日の時点で北朝鮮メディアに登場しており、粛清や更迭が行われたなら最近のごく短い間の出来事ということになる。

もちろん、他の理由で葬儀委から排除された可能性も、まったく排除されるわけではない。崔龍海氏は過去、収賄や変態性欲スキャンダルの醜聞に塗れ、地方に放逐されたこともある人物だ。もしかしたら李乙雪が、個人的には顔も見たくないほど嫌っていたということもあり得る。

ただ、崔龍海氏と同じパルチザン2世の呉日晶(オ・イルチョン)党民防委部長をはじめ、葬儀委に選ばれて当然と思われる人々の名前がいくつも欠けており、リストが正恩氏の側近グループの「異変」を示している可能性を考慮しないわけには行かない。

現時点までに、デイリーNKジャパンの独自調査で浮上した崔龍海氏以外の名前を列挙すると、次のようになる。末尾は、最後に北朝鮮メディアの報道で公式活動が確認された時期。

◆金春三(キム・チュンサム)第1副総参謀長兼作戦局長 4月

◆韓光復(ハン・クァンボク)党科学教育部長 6月

◆安政秀(アン・ジョンス)党軽工業部長 5月

◆呉日晶(オ・イルチョン)党民防委部長 6月

◆李載佾(リ・ジェイル) 党宣伝扇動部第1副部長 8月

◆崔英健(チェ・ヨンゴン)内閣副総理 2014年10月

上記のうち、崔英健氏については今年5月に銃殺されたとの説がある。また、4月9日の第13期最高人民会議第3回会議で「職務移動」を理由に国防委員会委員を解任された朴道春(パク・ドチュン)党中央政治局委員の名前も葬儀委のリストにはない。

こうして見ると、この人々が姿を消した時期が4月から6月に集中しているのがわかる。ちょうど、正恩氏が玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)前人民武力相を「ミンチ」にして処刑した時期だ。また、正恩氏がスッポン養殖工場を訪れて激怒し、支配人を銃殺させたのもこの頃だ。

もしかしたらこの時期に異変が起きていたのは、正恩氏自身の内面だったのではないか。

さらに言うなら、韓国メディアで亡命説が浮上した大物将軍、パク・スンウォン朝鮮人民軍上将の名前も葬儀委には入っていない。亡命が事実なら、北朝鮮の軍事機密は筒抜けと言われるほどの重要人物だ。それだけに北朝鮮はパク氏の亡命を「でっち上げだ」としており、それを証明するチャンスだったにもかかわらず、名前は入らなかった。

これらの人物が葬儀委に入らなかった代わりに、リストにはかなり意外な名前が載っている。キム・ジョンチョル。正恩氏の実兄、正哲氏と同じハングル綴りの人物である。過去のデータを見る限り、今回の葬儀委に名を連ねるほどの重要人物の中に同姓同名は見当たらず、正哲氏である可能性は低くない。

正哲氏と言えば、大好きなエリック・クラプトンの公演を観るためなら世界中のどこにでも飛んで行く自由気ままなライフスタイルで知られている。

複数の幹部が消え、自由人の兄が残った……北朝鮮の権力中枢で何が起きているのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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