北朝鮮の各都市に所在する「市場の規模」は、この10年間で拡大する一方だが、地域別にかなりの差があることが明らかになったと米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が報じた。

金氏親子の壁画の裏にあるのが北朝鮮四大市場の一つ、新義州の彩霞市場
金氏親子の壁画の裏にあるのが北朝鮮四大市場の一つ、新義州の彩霞市場

北朝鮮の市場の現状は、米戦略国際問題研究所(CSIS)パシフィック・フォーラムのベンジャミン・カゼフ・シルバースタイン客員研究員が、ジョンズホプキンス大学での報告会で明らかにした。

最も拡大したのは中朝国境の“新義州市”

最も規模が拡大した都市は、中朝国境の交易都市「新義州(シニジュ)」の市場だ。 新義州の市場は、2003年から2014年の間に規模が2.14倍になっている。経済規模の拡大に加え、都市再開発に伴い市場が新築移転したこととも関係があると思われる。

南北軍事境界線に近い「開城(ケソン)」の市場は、2004年から2014年の間に1.16倍に拡大。東海岸の大都市、「咸興(ハムン)」の市場は、2008年から2013年の間で変化がなかった。

全国的に拡大する市場だが、縮小した唯一の例外と言えるのが、北朝鮮でも有数の卸売市場を持つ平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)の市場だ。縮小の原因は、北朝鮮当局による「市場統制」だ。

北朝鮮の市場は、90年代後半の大飢饉「苦難の行軍」以降、庶民主導で拡大・発展してきたが、2009年から2010にかけて北朝鮮当局は、大々的に市場統制をはじめる。

平城市場の閉鎖とその後

市場統制の一環として、2009年6月には売台(テナント)が4万に及んだ全国最大の「平城市場」は閉鎖され、売台7000の2つの市場に分割された。シルバースタイン研究員も「平城の市場の規模は7割縮小した」と語り、当局の市場に対する弾圧の激しさが衛星写真で確認された。

一方、今年4月、デイリーNKジャパン取材班が、平壌の市場で商売を営む女性にインタビューしたところ、「平城の市場が閉鎖されたのは事実だが、閉鎖前と比べて縮小していない」と語り、衛星写真では判読不可能な「小規模な市場」が多数存在することを示唆した。

平城市場閉鎖後の2009年11月30日、北朝鮮当局は貨幣改革(デノミ)を断行。その狙いは市場統制と同じく、民間主導の市場経済から主導権を奪い取るためだった。しかし、市場では、ハイパーインフレが起こり、経済と社会は大混乱に陥る。

当局は、混乱を収めるためにデノミの責任者だった朴南基(パク・ナムギ)を公開処刑したが、それでも民心の怒りは収まらず、これ以降は市場に対して露骨な弾圧を行わなくなった。

中朝国境より規模が大きい南部地方の市場

シルバースタイン研究員は、「中朝国境の各都市の市場より、南にある各都市の市場の方が規模が大きいことが明らかになった」と、報告している。

具体的な理由は不明と前置きしながらも、「中朝国境では、密輸が経済の中心だが、他都市の経済は、北朝鮮国内の生産物が主導していることが背景にあるようだ」と指摘する。

さらに、南浦(ナムポ)や海州(ヘジュ)など、西海岸都市の市場の規模が大きいことを指摘しながら「海上貿易が活発に行われている」ことが理由だと分析した。

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