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ところがこの集まりは、徐々に東ドイツ独裁政権に対抗する運動の拠点へとなった。そして1988年、「平和への祈り」を終えて教会を出た人々は、街に繰り出してデモを行った。東ドイツ政府は「平和への祈り」を禁止し、秘密警察シュタージは教会やその関係者を監視下に置いた。

しかし、政権がいくら押さえつけようとしても「平和への祈り」の参加者は増える一方だった。さらに運動はライプツィヒの他の教会にもどんどん飛び火していった。

そしてついに1989年9月4日、「平和への祈り」終了後に、大規模なデモが行われた。それは東ドイツ独裁政権に対抗することを掲げた初めてのデモだった。

1000人あまりのデモ参加者は「シュタージ消えろ!」「旅行の自由を!」「さもなくば大量出国するぞ!」とシュプレヒコールを叫びつつ街を練り歩いた。警察はデモを武力で鎮圧し、70人が逮捕された。