非武装地帯での地雷爆発に端を発した韓国との「チキンレース」で、あえなく敗れ去った北朝鮮が、金正恩氏の権威失墜を取り繕うため、今度は激しい「口撃」に転じている。

北朝鮮の対南機関、祖国平和統一委員会が3日に発表したスポークスマン談話は、次のように主張している。

「去る2日には海外訪問に出た南朝鮮の執権者が『北の非武装地帯挑発事態』『いつでも緊張を高調させかねない』などと言って最近に生じた事態の真相をわい曲したばかりでなく、誰それの『建設的役割』までうんぬんしてわれわれを甚だしく侮辱する極めて不作法で、初歩的な政治的知覚もない詭(き)弁を並べ立てた」

この中の「誰それ」とは、中国を指した言葉だ。韓国の朴槿恵大統領が訪問先の中国で、習近平国家主席と朝鮮半島情勢について意見を交わしたことに憤激しているのである。

それでいて、朴氏や中国のことを名指ししないのは、名指しした場合のトラブル拡大を恐れながら、「断固抗議した」という事実だけは残したいというわけだ。

また、2日に発表した国防委員会政策局のスポークスマン談話では、8月25日の南北合意に盛り込んだ遺憾表明について、「『遺憾』とは『そんなことがあって気の毒だ』という表現にすぎない」と主張。事件への関与も改めて否定した。

しかし過去の事例を見れば、北朝鮮が「遺憾」を表明するのは、自らの責任を認めたり、危機を脱する必要に迫られた場合であることがわかる。

北朝鮮が米韓側の軍事圧力にさらされたポプラ事件(1976年)では、金日成氏が「遺憾の意」を表明。1996年の北朝鮮潜水艦侵入事件では、朝鮮中央通信が「深い遺憾」を表した。2002年の「第2次延坪海戦」について、北朝鮮は「西海上で偶発的に発生した」と言い訳しつつも、「遺憾に思う」と表明することで事態の幕引きを図った。

一方、近年の金剛山ツアー客射殺事件(2008年)、韓国海軍哨戒艦撃沈(2010年)、延坪島砲撃(2010年)などでは、北朝鮮は韓国側に責任転嫁し、「遺憾」表明すら行ってこなかった。

それにもかかわらず、今回に限って「遺憾」表明を行った最大の理由は、韓国の軍事圧力に屈し、戦争を決意出来なかったからに他なるまい。

だからと言って、北朝鮮の「口撃」を負け犬の遠吠えと嘲笑するだけで済ませるのは危険だ。

朝鮮総連の機関紙・朝鮮新報は「8.24北南合意の意義は? 朴槿惠政権の反北対決路線を破綻に導く」と題した解説記事で、事実がまったく転倒した論理を展開しているが、次の一説だけは注目に値する。

「日本のマスコミは、北が意図的に緊張を高めて局面転換を図る「瀬戸際戦術」に沿って挑発を行ったという南側の主張をそのまま垂れ流しているが、事態の本質をわい曲している。仮に北側がDMZに地雷を埋めたとしても、それが南による反北放送の再開につながると北側が予想することは不可能だ」

その通りだろう。北朝鮮は今回、高度な戦略的判断に基づいて「瀬戸際戦術」を仕掛けたわけではない。最前線で脱走兵が続出するという、内部統制の危機をどうにか回避するため、より大きな軍事的リスクを考慮することもなく、無謀にもDMZ内に地雷を埋設したのではないか。

そして、その非合理な行いに起因する軍事的緊張の前で当惑しながら、韓国の断固たる姿勢の前に屈服。金正恩氏の指導者としての能力不足が露呈するや、それを「口撃」で取り繕っているというのが現在までの経過である。

これは、非常に危険な状況であると言える。

金正恩氏が、些細な理由で側近らを粛清してしまう現在の北朝鮮には、合理的な対外戦略を建議出来る幹部がいないのではないか。そして、金正恩氏は失敗に学ぼうとせず、稚拙な「口撃」により新たな危機の種を撒いているのである。

朝鮮半島情勢の安定を図るためには、この悪循環を断ち切る戦略こそが必要と言える。

(文/ジャーナリスト 李策)

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