軍事的緊張の緩和に向けて開かれた南北高官会議は8月25日未明、北朝鮮と韓国は合意に達した。北朝鮮は、地雷埋設に事実上の謝罪である「遺憾の意」を表明し、韓国側は対北朝鮮放送を中止することで合意し、共同報道文を発表した。

韓国兵士が負傷したとはいえ、双方に人命被害が生じていないにもかかわらず、なぜ事態はここまで拡大したのか。まずは、この間の流れを整理する。

8月4日、韓国京畿道の非武装地帯(DMZ)で、北朝鮮が仕掛けた旧ソ連製の「木箱地雷」が爆発し、韓国軍兵士2人が足を切断するなど負傷したが、韓国軍は10日、地雷が爆発する映像を公開。さらに報復として11年ぶりとなる「対北拡声器放送」を再開した。

そして20日午後4時前後に、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は、拡声器に向けてロケット砲と推定される砲弾を2発発射するが、韓国軍は、計36発で対応射撃した。同日、北朝鮮は、朝鮮労働党中央軍事委員会非常拡大会議を召集し、「48時間以内に対北朝鮮放送を中止しなければ軍事的行動に出る」と、軍事行動も辞さない強硬姿勢を鮮明にする。

一方、韓国は、地雷挑発と砲撃に関して北朝鮮の謝罪がない限り、対北拡声器放送は中断しないと明言し、緊張状態はエスカレートし、第二次朝鮮戦争勃発の可能性まで囁かれはじめた。こうした事態を打開するため、25日より南北高官会議が電撃的に開催され、双方が話合いのテーブルにつく。そして、二回におよぶ長時間会談の結果、軍事衝突という最悪の事態は逃れた。

冷静に振り返ると韓国側は、軍隊といえども非武装地帯での地雷爆発によって実害を被っているが、北朝鮮側は対北拡声器放送によって実害を被ったわけではない。それにもかかわらず、軍事行動までちらつかせながら、対北拡声器放送を中断させたのには、理由がある。

北朝鮮が、放送に反発する理由としてまず挙げられるのが「最高尊厳(金正恩第一書記)を冒とくすることは許されない」だが、それ以上にK-POPや一般のニュースなどソフトな内容が、「北朝鮮のプロパガンダを無力化させる」という意味で大きいと筆者は見る。そのベースとして北朝鮮民衆の意識の変化が挙げられる。

既に多くの北朝鮮民衆が、北朝鮮では「違法裏コンテンツ」である韓流ドラマやK-POPに親しんでおり、北朝鮮のプロパガンダに対して疑問を感じている。韓流はあまりにも浸透しており、北朝鮮の「喜び組」をテーマにした韓流ドラマを視聴した大学生が大量に処分されるという事件まで発生している。

しかし、体制側にいる金正恩氏の実兄・金正哲氏は、韓流ではないが大のロック好きで、ロンドンで二日連続でエリック・クラプトンのライブを観賞するわけだから、北朝鮮のプロパガンダが有名無実化しているのは、何をか言わんやである。

こうした下地があるなか、先軍政治で優遇されていると思われがちな北朝鮮軍隊内でも下級兵士になれば食糧不足に陥っており、中朝国境では略奪行為も頻発していることをデイリーNKは報じている。

金正恩体制に入ってから、大口径の高射銃で人体を「ミンチ」にするなどの残虐な処刑方法が衛星画像によっても確認されているが、背景には、北朝鮮社会全体の変化や韓流などが促す「忠誠心低下」への警告、見せしめの意味があるとも言われている。

北朝鮮社会全体でプロパガンダが無力化し、軍隊内の規律が緩むなか、韓国の「対北拡声器放送」は、北朝鮮の急所を突いたわけである。だからこそ、準戦時体制を宣告してまで中断させるようとした。

会談を通じて、放送を中断させたことは、北朝鮮からすれば一定の成果だっただろう。その一方で、対北拡声器放送が北朝鮮体制の揺さぶりに効果的であることを韓国側に知らしめてしまった。つまり、「有効カード」を与えてしまったともいえる。

【動画】地雷爆発の瞬間、吹き飛ぶ韓国軍兵士

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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