中国・武漢で開催されたサッカー東アジアカップで、北朝鮮代表女子は全勝で優勝。一方、男子は1勝1分1敗けで3位に終わった。女子は2013年大会に続く連覇であり、同大会がローカル大会ということや日本がベストメンバーじゃなかったことを差し引いても「北朝鮮女子サッカー強し」という印象を残した。

女子に比べると男子の3位という結果は、昨今の実力からすると「健闘した」という評価もあるが、かつての北朝鮮代表を知るオールドファンからすれば、物足りない結果だろう。

石原慎太郎氏「朝鮮チームと交流すべき」

少しでもサッカーを知っていれば、北朝鮮代表と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、1966年W杯イングランド大会におけるベスト8だ。

90年代以後、アジア勢が躍進するなかでは、すっかり色あせてしまった成績だが、半世紀も前にアジア初出場チームとして、強豪イタリアを破り決勝トーナメントまで進出した北朝鮮代表の活躍ぶりは、長らく「神話」として語られていた。

今の時代と単純比較はできないが、アジアのサッカーが欧州からまったく相手にされていなかった時代背景を踏まえると、現代の成績と同等か、もしくはそれ以上の価値があると賞賛されるのが1966年イングランドW杯の北朝鮮代表「奇蹟のイレブン」だ。

北朝鮮のベスト8は、日本でも衝撃をもって受け入れられたようだ。朝鮮総連が発刊していた北朝鮮グラフ誌「朝鮮画報」(現在は廃刊)も、大々的に特集を組み、北朝鮮サッカーに対する全世界の賞賛ぶりを紹介しているが、そこには意外な人物が寄稿していた。その人物とは石原慎太郎氏。

保守・極右の論客の代表格として中国や北朝鮮に対する過激な強硬発言で知られている石原氏が、北朝鮮代表を賞賛しながら、「交流試合をどんどんやるべき」と主張しているのである。

1966朝鮮画報石原慎太郎

石原氏は、まだ政治の世界に入っておらず当時の肩書きは「作家」。こうした主張から、彼がとくに「親北朝鮮」だったとは言えない。そもそも、当時の日本社会は、北朝鮮に対して好意的な見方が強く、むしろ韓国のイメージの方が悪かったという時代背景もある。

実際、石原氏は寄稿のなかで、「また、南朝鮮からヨコヤリがはいって」と、当時の日朝間の動きに、なにかと韓国(当時は南朝鮮と言われていた)が邪魔をすることを暗に批判している。

石原氏は、純粋に北朝鮮サッカーの活躍を賞賛しているわけで、むしろフェアな批評精神を持っていたというべきか。

サッカーだけでなく、1960年代の北朝鮮は国家として、まだ覇気があったが、その姿はすっかり過去のものとなってしまった。政治的にもネガティブなイメージが定着した。

しかし、サッカーファンのなかで、イングランドW杯北朝鮮代表チームは「奇蹟のイレブン」として永遠に記憶されるだろう。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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