韓国の国家情報院は29日、国会情報委員会全体会議のなかで、北朝鮮で金正恩氏に異議を唱えたとして15人の当局者が処刑されたと報告した。

処刑されたと見られているのは、北朝鮮で特権階級を占めるエリートたちだ。

外側からは出世街道に乗っているように見えても、またいかに体制に忠誠を誓っていても、「一寸先は闇」なのが北朝鮮という国だ。その象徴とも言えるのが、権力中枢の一角、国家安全保衛部の副部長の肩書を持っていた、ある人物の末路である。

韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が最近出した回顧録。その韓国語版の356ページには次のような一節がある。

「2011年初め、アメリカと中国から驚くべき話を聞かされた。我々と接触した北朝鮮の高官が公開処刑されたというものだった」

この処刑された人物こそ、当時の国家安全保衛部副部長だった柳敬(リュ・ギョン)氏である。最近になって、柳氏本人のみならず一家全員が銃殺されたこともわかった。

かつて、小泉訪朝を巡り日本側と水面下で接触していた柳氏は体制への忠誠心が厚く、金正日総書記から絶大な信頼を得ていたとされる。しかし、ある出来事を境にその運命は暗転した。

2010年12月5日、南北首脳会談実現のために特使としてソウルを訪問した柳氏は、李大統領から面会を断られ、何の成果も出せないまま北朝鮮に帰国した。このとき、柳氏はソウル滞在を1日延長したが、帰国後に提出した報告書でその際の行き先をきちんと記載しなかったことが問題視されたようだ。

粛清劇の「黒幕」も姿消す

2011年2月初め、北朝鮮当局は柳氏と在日朝鮮人の夫人を強制的に離婚させた上で、自宅で残りの家族全員を銃殺したとされている。前出の情報当局者が、次のように話す。

「糸を引いていたのは正日氏の義弟の張成沢氏だったはずだ。体制内での権力基盤を盤石にするため、党内のライバルを暗殺などの手口で次々に消していた張氏は、次に保衛部に刃を向けた。保衛部のパワーが、正恩氏の権力固めの過程で肥大しすぎたと見ていたのだろう」

柳氏は、米国のクリントン元大統領の訪朝を実現するなどして、保衛部で足場を固めたとされる。正日氏は柳氏の実力を認め、張氏を含めた側近の動向を監視させていたようだ。

特別軍事裁判に連行される張成沢氏。
特別軍事裁判に連行される張成沢氏。/2013年12月13日付労働新聞より

脱北した元外交官の高英煥(コ・ヨンファン)氏は、韓国メディアに次のように語っている。

「張成沢は国家安全保衛部を面倒に考えていた。柳敬が処刑され、禹東測(ウ・ドンチュク)保衛部第一副部長も自殺したことで、面倒な人間がいなくなった。これは張成沢と、妻の金慶喜(キム・ギョンヒ)が仕組んだ可能性がある」

禹東測氏は正日氏の葬儀の際に棺を運んだ7人の中の1人だったが、2012年4月に張氏によって自殺に追いやられたと伝えられている。7人のうち高齢の崔泰福(チェ・テボク)氏、金己男(キム・ギナム)氏以外はすべて権力の座から姿を消した。

しかし張氏本人も2013年12月、正恩氏によって粛清されるハメとなった。さらに最近になって、張氏粛清を主導したグループのひとりとされる馬園春(マ・ウォンチュン)国防委員会設計局長も姿を消している。

北朝鮮の権力構造の内部で何が起きているのか、予断を許さない状況が続いている。

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