朝鮮人民軍 海外戦記/中東編(5)

エジプト軍参謀総長のシャーズィリーが北朝鮮からの帰国の途についたのは、1973年4月15日のことであった。

そして、彼が北朝鮮に要請した空軍パイロットと地下施設専門家のうち、地下施設専門家が先にエジプトに到着した。同年5月1日にエジプト入りした彼らは8日間にわたり、シャーズィリーが軍工兵部隊に新設した「地下施設部門」と共に実施研修を行う。

彼らが帰国すると、シャーズィリーはワーキンググループを編成し、地下空港を設計することにした。ただし、これは戦争がまだ先のことだとイスラエル側に思わせるための偽装工作でもあった。

地下空港をつくるには5年は必要とシャーズィリーは考えていた。第4次中東戦争はその5カ月後の10月に始まるのである。このワーキンググループは戦争が始まった時にもまだ設計案を作っていた。

空軍司令官であったムバラク(後の大統領)は当初、事情を知らされておらず、このワーキンググループに不満を持っていたが、後にシャーズィリーから事情を聞かされ2人で笑い合ったという。後に鋭く対立することになる両者も、この頃はまだ、ある程度の親しみを持っていたのであろう。

実戦投入も承知の上

5月28日、金日成は派兵されるパイロットたちと面談した。

金日成はここでパイロットたちに、本来の派兵の目的とは異なることを語っている。金日成は、エジプト大統領が派兵を求めてきたのは「当面の軍事的な日常任務を強化することもあるようだが、それよりも我がパイロットから空軍戦術を学ぼうということにあるようだ」と語った。これは、シャーズィリーと張正桓の間で交わされた内容とは異なる。

おそらく緊張感を和らげるために言ったのだろうが、将来において戦争が起これば戦闘に加わる可能性についても言及していた。いずれにせよ、金日成はパイロットが戦闘に加わることを承知の上で派兵に踏み切ったものと考えられる。

ちなみに金日成はこの時、派兵をイスラエル側に探知されないようにパイロットたちに厳命していた。しかし、それはすぐにイスラエルによって破られることになる。

6月初頭、北朝鮮のパイロットたちがエジプトに到着し始め、7月中に彼らが所属する飛行中隊の編成が終わった。

その空軍部隊は、エジプトにとっては小規模なものであった。シャーズィリーの回顧録によると、パイロット30名(英語版では20名)、航空管制官8名、通訳5名、指揮官3名、医者と料理人が各1名であった。

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エジプトに派兵される北朝鮮操縦士たちとされる写真

ソ連が引き上げたパイロットが約100名であったことを考えれば、シャーズィリーが「おそらく歴史上最も小さな国際援軍」と評価したように、エジプトにとっては小規模なものに感じたことは間違いないであろう。

ちなみに、このときの北朝鮮の空軍部隊の司令官が、ベトナム戦争の参戦歴があり後に朝鮮人民軍総政治局長となった趙明禄であったという話があるが、今のところそれを確認できる資料は出てきていない。

「望み得る最高の関係」

同年8月15日、イスラエル軍はラジオ放送を通じ、エジプトにおける北朝鮮パイロットの存在を探知したと発表した。北朝鮮の人民武力部(防衛省)は8月18日のスポークスマン声明でこれに反駁し、その存在を否定した。

この時、シャーズィリーもエジプト大統領のメディア対策補佐官であるアシュラフ・グルーバルから、「この情報は本当か」と質問されている。北朝鮮のパイロットがエジプトに派兵されていることはエジプト政府内でも秘密であったのである。

ただし、北朝鮮のパイロットは隔離されていたわけではない。彼らは空軍司令官であるムバラクの指揮下にあり、北朝鮮のパイロットが所属した基地には約3000名のエジプト人が働いていた。レーダーや防空、地上警護、行政事務も全てエジプト人が行っていたのだ。

しかし、北朝鮮のパイロットは自立的であり、住居も自分たちで整え、あらゆることを自分の力で行おうとした。訓練でも学習でも体育でもそうだ。そして、彼らは余暇というものがなかった。周囲とトラブルを起こした者は1人もおらず、シャーズィリーは「北朝鮮とエジプトの関係は望みうる最高のものであった」と回顧している。(つづく)

(宮本 悟 聖学院大学教授)

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宮本 悟(みやもと・さとる)

聖学院大学基礎総合教育部特任教授。1970年生まれ。1992年、同志社大学法学部卒。1999年、ソウル大学政治学科修士課程修了(政治学修士号)。2005年、神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士号/政治学)。2006年から日本国際問題研究所研究員、2009年から聖学院大学総合研究所准教授などを経て、2014年から現職。

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