朝鮮人民軍 海外戦記/中東編(4)

北朝鮮空軍の戦闘機パイロットをエジプトに呼び寄せることについて、参謀総長のシャーズィリーが国防大臣であるアフマド・イスマイル・アリを説得するのは難しくなかった。アリは、シャーズィリーにサーダート大統領から許可を得ることを要請したが、それは数日で得ることができた。

一方、北朝鮮人民武力部副部長の張正桓は2週間後にエジプトを再訪し、金日成の同意を得ることができたことを伝えてきた。同時に、シャーズィリー自らが北朝鮮を公式訪問し、パイロットたちと直接接見して欲しいと要請した。ちなみに、張正桓のエジプト再訪については当時、北朝鮮では報道されておらず、その行程は詳らかでない。

【連載-3-】金日成を対イスラエル参戦に動かした北朝鮮「元学校教師」の履歴書

シャーズィリー
エジプト軍参謀総長として第4次中東戦争を指揮したサアドッディーン・シャーズィリー

シャーズィリーは1973年4月2日、エジプトを発ち平壌に向かった。途中、上海に立ち寄り、平壌に到着したのは4月6日であった。

シャーズィリーの平壌訪問は、北朝鮮でも大きく報道された。シャーズィリーは大歓迎を受け、軍最高指導部や政府首脳陣との面会や協議に臨んでおり、それらは逐一報道された。

アラブとの親密さを宣伝

北朝鮮側の狙いは、中東の大国であり「第三世界の雄」であるエジプトとの親密ぶりを宣伝することにあったのであろう。アラブ最大の軍事力を持つエジプトの参謀総長が訪問したのであるから、北朝鮮にとっては第三世界への大きなアピールになったはずである。

ただし、北朝鮮パイロットのエジプト派兵については報道されなかった。これはやはり機密だったのである。

シャーズィリーは北朝鮮で、数々の軍事施設を見学した。北朝鮮は「全国土の要塞化」という政策の下、各地の軍事施設を地下化している。

その地下軍事施設を見学した外国人は限られており、シャーズィリーは数少ないその1人であった。

シャーズィリーは、相当に感銘を受けたようである。無理もない。人口にしても経済力にしても、国力ではエジプトが北朝鮮をはるかに上回っている。しかし、北朝鮮の軍事施設はエジプト軍の参謀総長が驚嘆するほど発展したものであった。

金日成に会ったとき、シャーズィリーは、核戦争が起こったら北朝鮮だけが世界に残るのではないか、と語ったという。お世辞もあったにせよ、シャーズィリーが地下空港や地下兵器工場などを見学して、その発展ぶりに驚いたことは間違いないだろう。

イスラエルを欺く

北朝鮮の空軍パイロットを接見したシャーズィリーは、2000時間以上の操縦歴がある彼らの能力に満足し、彼らにエジプト軍パイロットと同額である1エジプトポンドの給料を払うことを約束した。そして、北朝鮮のパイロットは最後方の任務に就き、イスラエル国内やイスラエルが占領した地域では戦闘しないことを約束した。

さらに、シャーズィリーは地下施設を構築するための専門家の派遣を要請し、金日成の同意を得た。

そしてシャーズィリーの帰国後、間もなくエジプトに到着した北朝鮮の地下施設専門家たちは、イスラエル軍を欺くための、ある仕事に協力することになる。(つづく)

(宮本 悟 聖学院大学教授)

【連載:朝鮮人民軍 海外戦記】
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宮本 悟(みやもと・さとる)

聖学院大学基礎総合教育部特任教授。1970年生まれ。1992年、同志社大学法学部卒。1999年、ソウル大学政治学科修士課程修了(政治学修士号)。2005年、神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士号/政治学)。2006年から日本国際問題研究所研究員、2009年から聖学院大学総合研究所准教授などを経て、2014年から現職。

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