北朝鮮に強制送還された脱北者を収容する「集結所」の所長が2011年に突然姿を消し、最近になって処刑されたことが判明、周囲に衝撃が広がっていると米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報道した。

北朝鮮の清津港/写真:韓国平和問題研究所
北朝鮮の清津港/写真:韓国平和問題研究所

「物欲は強かったが貧しい人たちを助けた」

事件の舞台となったのは咸鏡北道(ハムギョンブクト)清津(チョンジン)市松坪(ソンピョン)区域の恩情洞(ウンジョンドン)にある咸鏡北道集結所だ。

主に軽犯罪者を収監する施設だったが、2000年代に入ってから脱北を企てて逮捕されたり中国から強制送還されたりした脱北者を収容する施設へと変わった。

ここの所長を務めていたのはキム・チョルサン大佐。清津市人民保安部の格闘術教官、巡察大隊隊長、機動隊隊長を経て2001年に集結所の所長になった人物だ。

彼が所長になってから咸鏡北道集結所は、北朝鮮にしては収監者の扱いが良好な施設だと評価されていた。咸鏡北道の内部情報筋は彼の人物像を次のように語った。

「キム・チョルサンは心の広い人だった。収監者の便宜を図ったり、貧しい人たちに施しをするいい人だった。一方で物欲が強く、収監者の家族から賄賂を受け取って早期釈放したり楽な農産班で働かせたりした」

忽然と姿を消した所長、4年後に処刑の事実判明

一般住民からは人気がある一方で、幹部たちは彼の人気を激しく妬んでいた。

キム所長は2010年、道の保安局の冷凍倉庫の所長に異動した。ところが1年ほど経った頃ある日、呼び出しを受けて保衛部に向かったきり姿を消してしまった。

彼の帰りを清津市内の自宅で待ち続けていた家族だが、最近行われた身分照会調査の過程で彼が2011年に処刑されていたことが判明した。この知らせに家族も道保安局の同僚たちも強い衝撃を受けていると内部情報筋は伝えた。

その衝撃的なニュースは町の人々にも伝わった。町では彼の話で持ちきりだ。

「集結所の所長なんか殺されて当然だと非難する人もいるが、周りでは概ね惜しい人をなくしたと残念がっている」(内部情報筋)

彼の罪状や処刑の理由は明らかになっていない。

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