米CNN放送などによると、北朝鮮の外交官が27キログラムの金を無申告でバングラデシュに持ち込もうとして摘発された問題で、北朝鮮の駐バングラデシュ大使が謝罪したという。

摘発されたのは、ダッカの北朝鮮大使館のソン・ヨンナム1等書記官。当初は荷物の検査を拒んだが、最終的に税関職員がバッグを開けると、金の延べ棒170本や装飾品など実勢価格で100万ドル(約1億2000万円)相当の金を発見した。

今回のソン1等書記官の密輸未遂は、「たまたま本人の出来心から」行われたものだと見ることはできない。北朝鮮の外交官が違法な手段で外貨を稼いでいた事例はほかにもごまんとあり、そのほとんどが組織的に行われていたと見られている。

彼らが違法な商売に手を染める理由は、主にふたつある。ひとつは、財政難の本国が大使館の維持費すらろくに送って寄こさないために、そうした資金を自ら稼がねばならないから。

そしてもうひとつが、国家指導者のための「秘密資金」づくりに職務として加担せねばならないからだ。

欧州に眠る「秘密資金」

北朝鮮が金正日時代から、スイスなど欧州のプライベートバンクに数十億ドル規模の「秘密資金」を貯えてきたということは、久しく前から各国情報機関の間で通説になっている。

秘密資金は核やミサイルの開発に使われるだけでなく、特権階級に「ぜいたく品」を配り、金正日体制の求心力を維持するための原資ともなってきた。

10年近く前の話になるが、民放テレビの取材チームとともに秘密資金の実態を探ったことがある。チームは欧州に飛んで取材を行い、イタリアのトリエステを拠点に、金正日の「ぜいたく品」購入係の男が活動していた事実をつかんだ。

トリエステの海運会社に出入りする「東洋人」

その男の名は呉明根(オ・ミョングン)という。2003年の秋には病死していたため、取材は困難を極めたが、それでも彼の足跡をある程度たどることができた。

事前に得た情報によれば、呉明根は1990年代半ばにトリエステの海運会社であるS社の代表を本国に招待し、北朝鮮の海運エージェントを委託する契約を結んだという。

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かつてS社のオフィスがあったイタリア・トリエステ市内のビル

現地で調査した結果、S社は旧ユーゴの域内に、複数の営業拠点を構えていることが判明した。呉明根は駐ユーゴ大使館での勤務歴があるとされ、そこで貿易関連の業務を担当しながら同社との接点を得たと思われる。

S社と北朝鮮との契約締結以来、呉明根は同社のオフィス内に事務スペースを借り、自国船籍の貨物船を使った貨物ビジネスで外貨稼ぎに精を出す一方で「本業」の拠点にもしてきたようだ。

S社は取材に応じなかったものの、取引先の中に複数の北朝鮮企業があるのは海運関係のデータベースからも確認できた。また、同社が入居するオフィスビルの管理人によれば、「たしかに、このビルには東洋人が出入りしている。朝鮮人だと聞いたことがある」と話した。

呉明根の任務とは具体的にどのようなものだったのか。脱北した北朝鮮の元当局者が明かす。

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かつて呉明根が北朝鮮本国から来た関係者と通ったとされるイタリア・トリエステ市内のレストラン

「金正日が必要とするすべてのものを調達するのが呉明根の任務です。いわゆる喜び組で知られる秘密パーティーをはじめ、金正日が参加する行事に必要ないっさいのモノ、金正日と家族のための食品、日用品、ペット、スポーツ器具から、彼のボディガードの装備にいたるまで、本国からの要求をもとに呉明根が品物を吟味し、購入するのです。もちろん、すべてが最高級品でなければなりません」

とくに金正日の誕生日(2月16日)や金日成の誕生日(4月15日)直前の数週間、ローマにある北朝鮮大使館は、呉明根の指揮下に贈り物の購入、梱包、発送の作業に追われ、上を下への大騒ぎになったという。

韓国情報機関の極秘レポート

こうした一連の取材は、ある極秘文書を手掛かりとすることで可能になった。

韓国の国家情報院の付帯研究機関で作成されたもので、ハングル版31ページ。スイス・ベルンの銀行に眠る秘密資金の実態報告書である。

秘密資金の源泉が、武器売買や麻薬密輸などの不法取引であることはよく知られている。この報告書にはそれに加え、いつ、どこで、誰が、いかなる方法で資金作りに励んだかが詳しく記されていた。

たとえば70年代から80年代半ばにかけての資金作りについて、次のようなエピソードが紹介されている。

吉在京駐スウェーデン大使のグループはスウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランドの大使館を統括しながら、乗用車、酒、タバコ、各種電子製品などを、(外交特権を利用して)無関税で大量に購入。駐在国の民間企業に密売して巨額の外貨を定期的に稼ぎ出し、これをスイス・ベルン銀行の外務省《忠誠の資金》口座に送金した。また、高級電子製品と金製品をフィンランドを通じて東欧に密売し、これらの国々から酒、タバコを大量に購入して北欧で売りさばきもした。(中略)
彼らが無関税商品の密売で用いた方法は、駐在国の外務省と国税庁に大量の物品を免税申請した後、承認された申請書を駐在国の商社、企業または代理店に渡し、彼らから商品ではなく現金を受け取るというものだった。駐在国の商社、企業、代理店が商品の密売を行ったため安全が確保され、長期にわたる取引が可能だった。

報告書にはまた、麻薬取引をめぐる失敗談も収められている。

アラブおよび中東地域の責任者だったイ・ダンウは80年代半ば、エジプトで麻薬密売を行って現行犯逮捕され、死刑を宣告された。
彼らは、リビアで購入した麻薬を持ってエジプトに入国したが、事前にリビア側から通報を受けたエジプト秘密警察によって全員が逮捕され、裁判を受けて死刑を宣告された。
当時、国防次官を団長とするエジプト軍事代表団が平壌訪問中だったため、許錟・前外相が代表団団長にかけあって、イ・ダンウのグループは死刑を免れた。

「忠誠の外貨稼ぎ運動」の指揮官は現外相

報告書によれば、こうした秘密資金づくりは「忠誠の外貨稼ぎ運動」と呼ばれ、1970年代はじめに金正日が提唱して始まった。

当初は金日成側近の許錟(ホ・ダム)外相が総責任者だったが、金正日への権力移行が進んだ80年代後半になり、駐スイス大使の李徹(リ・チョル)が引き継いでいた。

李徹は本名を李洙墉(リ・スヨン)といい、2010年にスイス大使を離任して帰国した後、2014年3月には外相に就任している。

報告書によると、李徹は前述した麻薬取引などに替えて、新たなビジネスを編み出したという。

李徹が編み出した新しいビジネスとは何か。それは、欧米の犯罪組織からアングラマネーのロンダリング(洗浄)を請け負うというものだった。その方法までは詳らかにされていないが、一国の大使ともなれば、国の公的な資金ルートを経由させることでいくらでもロンダリングが可能だろう。

また、李徹は10万ドル以上の入出金に関しては部下に任せず、自ら銀行に赴くなどして資金を厳重に管理したという。

その李徹の大使離任が明らかにはったのは、2010年3月初旬のこと。後任には前駐イラン大使で、かつて李徹の補佐役だったこともある徐世平(ソ・セピョン)が選ばれている。金正恩による権力継承の動きが出ていたときだけに、「金庫番の交替か」との観測が飛び交った。

しかし、金正日の秘密資金が難なく正恩へと引き継がれたとは考えにくい。

米国はこれまでに、北朝鮮に対して繰り返し金融制裁を課している。

世界各国で行われる米ドルの送金処理は、直接・間接的にニューヨークのマネーセンターバンクを経て決済される。米国の制裁対象になるとこれができなくなり、自らに累の及ぶことを恐れる各国の金融機関も取引を停止してしまう。

そんな状況下で、秘密の口座に蓄えられた莫大な資金を動かすのは容易でない。

欧州の「牙城」も陥落

さらにプライベートバンクは、近年になって大きな地殻変動に見舞われている。

かつて欧州のプライベートバンクは、たとえ米国が相手であっても顧客情報を容易に出そうとはしなかった。

しかし2008年6月、米連邦検察当局がスイス最大手UBSの元行員を、米国人の脱税を幇助したとして起訴。それと関連して52000口座の情報開示をUBSに要求した。UBS側は「銀行秘密法に抵触する」として抵抗する姿勢を示したが、米国内での営業資格はく奪を突きつけられて陥落。2度にわたり、計7000人分の顧客情報を米国に提供して和解した。

司法当局をはじめいかなる権力にも顧客情報の強制的な閲覧を禁じてきたスイスの銀行秘密法に、ついに穴が開いたわけだ。

もっとも正恩にとって、秘密資金の隠し場所がまったくなくなってしまったわけではない。ロシアや中国ならば、米国の要求をはねつけてはくれる。しかしそうなると、今度はこの両国の顔色をうかがわねばならなくなる。

果たして正恩は、父親の秘密資金を引き継ぐことができたのだろうか。

(取材・文/ジャーナリスト 三城隆)

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