週刊誌が報じた「黒い交際」写真の真実

安倍晋三首相の父・晋太郎は1974年、農林大臣(当時)として初入閣している。晋太郎に接近し、漁獲や水産物輸入枠の割り当てで便宜を図ってもらおうと考える水産業者は日本人にも在日コリアン(以下、在日)にもいたという。

「実際、晋太郎さんの関係者の助力を得て、実績を大きく伸ばした在日の水産業者もいます。その会社は晋三さんの代になっても支援を続けている」(前出・政界事情通)

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安倍晋三首相/首相官邸ホームページより

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晋太郎はさらに内閣官房長官、通産相、外相とキャリアを重ね、権力の階段を着々と登って行った。

晋太郎が「未来の総理」として嘱望されるようになったこの時代、韓国と北朝鮮の国力には今ほど大きな差はなく、両国は冷戦の真っただ中にあって熾烈な体制間競争を繰り広げていた。

韓国では1980年5月に光州事件が発生。軍の介入によって市民に多数の犠牲者が出たことで、クーデターで権力を握った軍事政権に対し、国際社会は厳しい視線を向ける。一方、経済力で韓国に差をつけられつつあった北朝鮮も焦りを募らせていた。巻き返しが思うように行かない危機感の表れか、1983年にはラングーン爆弾テロの暴挙に打って出る。

民団・総連の双方とパイプ

こうした本国の事情は当然、在日本大韓民国民団(以下、民団)や在日本朝鮮人総連合会(以下、朝鮮総連)にも影響を与えた。日本政界のニューリーダーである晋太郎と太いパイプを持つことが、重要な課題となったのだ。

「実際、晋太郎さんは民団とも総連とも全方位で付き合っていました。下関には呂成根(リョ・ソングン)さんという総連の大物商工人がいたのですが、その方とも相当に親しかった」(同前)

安倍晋太郎・晋三一家に40年余り家政婦として仕えた久保ウメは、かつて雑誌のインタビューに応え、晋太郎についてこんなことを話している。

「お棺に入れるときにあの人の骨格、あれはやっぱり日本人のものじゃないと思ったの。肩の幅から下までまっすぐに定規を引いたみたいな。
これは完全に韓国の体形。自分で『僕は朝鮮だ、朝鮮だ』と言っていたけども、なるほどこれは朝鮮だなと思った。だから、あっちですごくモテたってよ」

そんな晋太郎は生前、山口県の在日の間で絶大な人気を誇ったという。

「人柄が素晴らしいんですよ。悪く言う人はひとりもいない。いまだって人気は色あせていません」(民団幹部)

一方で、晋三はどうか。

初陣の「逆風選挙」でも在日が支援

晋三が初めて立候補したのは、自民党が下野した1993年の衆院選である。地元では晋太郎の系列だった県議が反旗を翻して対立候補となり、突然の逆風に見舞われた。

そんな中でも、父の代から安倍家を支えた在日は晋三の応援を続け、経営するホテルの従業員とともに「エイエイオー」とエールを送った経営者もいた。

「あの時は、秘書や支援者の一部も反対陣営に回った。在日の義理堅さは有難かったでしょう」(地元紙記者)

地元の在日の間で、晋三の人柄に対する評判は必ずしも悪くはない。

「孫の披露宴には、札幌から駆け付けてくれました。本当に義理堅い人です」(アリラン食堂の鄭さん)

「国籍や民族で、分けへだてする人じゃありません。在日の人ともフランクに付き合っていますよ」(安倍事務所の関係者)

もっとも晋太郎の時代と比べると、晋三と在日の付き合い方には変化も見える。前出の在日2世のパチンコ店経営者がいう。

「晋太郎さんと父たち在日1世の時代には、政治家との付き合いに対する世間の目も大らかだったんです。外国人献金がどうのと、あまり細かいことはいわなかった。ところが今では、10万円や20万円の献金でも叩かれる」

とはいえ、晋三の周辺から、在日人脈がまったく消えてしまったわけではない。

晋三の下関にある地元事務所は、晋太郎の後援者であった在日系企業・七洋物産の子会社から今も借りているし、晋太郎の助力で業績を伸ばした在日の水産業者は、晋三の代になっても支援を続けている。

もちろん、日本に帰化していれば、彼らが献金などの形で晋三を支援することに何ら問題はない。

また、下関出身のある在日の実業家は、晋三に様々な人脈をつないでいる。

晋三の隣に立つ大物金融ブローカー

『週刊ポスト』は2012年10月26日号で、「安倍晋三『黒い交際写真』の謀略」と題する記事を掲載した。その写真は議員会館の安倍事務所内で撮られたもので、晋三をはさんで2人の男性が写っている。

晋三の右側に立ち、白い歯を見せて笑っているのは、米国の元アーカンソー州知事、マイク・ハッカビーである。共和党の大物政治家で、 2008年の大統領選(党予備選)にも出馬して善戦した。ハッカビーは同年6月に来日しており、写真はそのときに撮られたものだ。

『週刊ポスト』が「黒い交際」として問題視したのは、晋三の左側に立つ、短髪で白いスーツ姿の男性である。「山口組の金庫番」とも言われた在日2世の大物金融ブローカーで、総連にも民団にも太いパイプを持つ。男性は写真が撮られた数年後、中堅ゼネコンの架空増資事件に絡み有罪判決(貸金業法違反)を受けている。

もっとも、件の写真が撮られた経緯は、いたって単純なものだった。晋三の関係者が話す。

「晋三さんの地元の有力後援者に、米国のハッカビー氏から『安倍さんを紹介して欲しい』と打診があり、すぐにオーケーしました。ところがハッカビー氏の到着当日、大統領選の候補者の送迎にふさわしい車両の手配が出来ていなかったんです。そこで件の在日男性が、『タクシーに乗せるわけにもいかんだろう』と、自分のロールスロイスを出してくれた。そういう流れで本人も同行し、写真を撮っただけなんです」

北朝鮮中枢につがなる「力道山人脈」

ちなみに、晋三にハッカビーをつないだ在日の実業家はアントニオ猪木とも親しく、北朝鮮にも複数回にわたり渡航したことがあるという。

本人に渡航の目的をただすと、「政治的な意味はありません。帰国事業で向こうへ渡った親族に会いに言っているだけ」との回答があった。

それがウソでないにせよ、この後援者が、猪木と晋三の会談の場を提供したことがあるのも、また事実だ。そして、猪木が連なる「力道山人脈」(関連記事)は、北朝鮮の権力中枢に近いところにいた。

ほかにも、北朝鮮や韓国に特殊な人脈を持つ在日は、晋三からそう遠くない所に少なからずいる。今のところ、晋三がそうした人脈に手を伸ばした形跡はないが、岸や晋太郎ならば存分に活用したはずだ。

今後、晋三が在日とどのように関わっていくのかはわからない。

しかしいずれにせよ、岸信介から安倍晋太郎、晋三と三代にわたる政治家一族が在日人脈を政治的な「資産」として運用し、自らのパワーに取りこんできたのは、紛れもない事実なのだ。(文中敬称略/おわり)

(取材・文/ジャーナリスト 李策)

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