デイリーNKは2014年5月5日から8日間、特別取材チームによる中朝国境現地取材を敢行した。取材では中国遼寧省丹東や集安などの国境地域を訪れ、最新国境事情の取材のみならず私事旅行で訪中していた北朝鮮住民のインタビューにも成功。そのレポートを7回に渡って掲載する。

黄金坪経済特区の入口に掲げられたスローガン(画像:デイリーNK特別取材チーム)
黄金坪経済特区の入口に掲げられたスローガン(画像:デイリーNK特別取材チーム)

中朝睦隣友好共促経済繁栄(中国と朝鮮は友好的に共に経済繁栄を促進させよう)
軍地斉心協力同建和諧辺境(軍隊と地方が心を合わせて調和の取れた国境地域を共に建設しよう)

これは2011年6月、北朝鮮が中国と協力して進めてきた「黄金坪経済特区」の入口に掲げられたスローガンだ。

北朝鮮の平安北道(ピョンアンブクト)薪島(シンド)郡と中国の丹東に面している中洲の黄金坪。中洲とは言っても鴨緑江の支流に囲まれた島で中国から手が届くほど近い。面積は11万平方キロで新義州(シニジュ)に穀物を供給する穀倉地帯だ。

左下の赤丸が黄金坪 ©Wikimapia
左下の赤丸が黄金坪 ©Wikimapia

中国と北朝鮮デイリーNK特別取材チームが中国側から島をうかがってみたが、入口に掲げられた宣伝スローガンとは異なり、掘削機が数台放置され、軍人が農作業を行っているだけだった。3年間、開発が完全にストップしているのだ。鉄条網を超えて軍人に近寄ろうとしたところ監視役であろう北朝鮮の幹部がやってきて追い払われた。

黄金坪は近くの威化島(ウィファド)や新義州と共に2002年に北朝鮮の経済特区に指定された。しかし、中国の消極的な態度で開発計画は立ち消えになっていた。

2011年6月、北朝鮮の張成沢(チャン・ソンテク)氏と中国の陳?銘商務省長が参加して黄金坪経済特区の着工式が行われ、ようやく黄金坪の開発が本格化したかに思われた。

しかし、開発は順調に進まなかった。北朝鮮内部の情勢不安、軍の駐留、莫大な建設費用などの問題で開発は再びストップした。張成沢氏は2012年8月に中国を訪問して黄金坪経済特区開発の活性化と中朝合同管理委員会の設置に合意し、開発計画を改めてスタートさせた。

中国は基礎工事のために8万元の予算を投資した。しかし、今度は肝心の張成沢氏が2012年12月に処刑されたため、開発はまたストップしてしまい、再開はいつになるか誰にもわからない。

丹東で貿易業をしている対北情報筋はデイリーNK特別取材チームに次のように語った。

「黄金坪経済特区には自由に行き来できて商売もできると聞いていたので大いに期待していた」

「張成沢が処刑された今、黄金坪には全く期待していない」

北朝鮮の黄金坪経済特区へと続く道(画像:デイリーNK特別取材チーム)
北朝鮮の黄金坪経済特区へと続く道(画像:デイリーNK特別取材チーム)
固く閉ざされた中朝国境警備用の通路(画像:デイリーNK特別取材チーム)
固く閉ざされた中朝国境警備用の通路(画像:デイリーNK特別取材チーム)
黄金坪経済特区で畑を耕している北朝鮮の軍人(画像:デイリーNK特別取材チーム)
黄金坪経済特区で畑を耕している北朝鮮の軍人(画像:デイリーNK特別取材チーム)

丹東と新義州を結ぶ新鴨緑江大橋(画像:デイリーNK特別取材チーム)
丹東と新義州を結ぶ新鴨緑江大橋(画像:デイリーNK特別取材チーム)

黄金坪から丹東市内に向かう道の途中では丹東と新義州を結ぶ新鴨緑江大橋の建設工事が盛んに行われていた。この橋は長さ3026メートルで4車線、総建設費は22億2000万元ですべて中国が負担した。

橋のたもとでは税関や入管の施設工事が行われ、建設労働者が忙しそうに行き来していた。静寂に包まれた黄金坪とは対照的だった。
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