朝鮮人民軍 海外戦記/ベトナム編(1)

北朝鮮と米国が一時的に急接近していた米クリントン政権末期、金正日総書記の特使が史上初めてホワイトハウスを訪問(2000年10月9日)した際、こんな出来事があった。

特使となった趙明禄(チョ・ミョンロク)国防委員会第一副委員長はその日の朝、国務省でオルブライト長官と会ったときには地味なスーツ姿だったのに、ホワイトハウスでクリントン大統領と面会した際には、軍服で一分の隙もなく身を固めていた。北朝鮮らしい演出と言える。同席したオルブライト長官をさらに驚かせたのは、彼の胸にベトナム戦争で授与された勲章メダルが光っていたことだった。

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ホワイトハウスでクリントン米大統領と面会した趙明禄特使

1960年頃から1975年まで続いたベトナム戦争に、北朝鮮が参戦していた事実はあまり知られていない。

ベトナム戦争当時から、北朝鮮がベトナム戦争に参戦しているという報道は米国でも出ていた。また、1992年には韓国に亡命した元北朝鮮外交官の高英煥(コ・ヨンファン)が、回顧録の中でベトナム派兵について書いている。にもかかわらず、北朝鮮のベトナム戦争参戦については専門家の間ですら、長らく「噂」程度にしか扱われていなかった。

その理由としては何より、北朝鮮がベトナム戦争に参戦した事実を対外的に公表してこなかったことがある。朝鮮労働党機関紙の労働新聞は戦争当時、社会主義の友邦である北ベトナムに援助物資を送り、派兵することもあり得ると公表してはいたが、戦場に実戦部隊を送ったことは明かしていなかった。

米軍機を撃墜

それが2000年代に入ると、北朝鮮の要人がベトナム戦争への参戦を対外的に認める行動を取り始めた。2000年3月26日、ベトナムを訪問していた白南淳(ペク・ナムスン)外相が、現地にある朝鮮人民軍将兵の墓地を訪れたことを読売新聞が報道。それは韓国の聯合ニュースや英国のBBCなどでも報道され、対外的に知られることになった。そしてこれに、冒頭で述べたホワイトハウスでのエピソードが続く。

さらに、2001年4月に出版された『金日成全集』第37巻には、ベトナムに派兵された空軍部隊の軍人に金日成が語った談話が掲載された。2001年6月出版の『金日成全集』第38巻にも、空軍部隊のベトナム戦争における功績に対する祝賀文が掲載されている。

2001年7月6日には遂に、朝鮮中央放送がベトナム戦争に参戦した事実を報道した。また同月6日には、最高人民会議常任委員会委員長である金永南(キム・ヨンナム)がベトナムで朝鮮人民軍将兵の墓地を訪問。これは労働新聞でも報道された。

こうした情報開示の流れを受けて、北朝鮮の将兵がベトナムの戦場でかなりの働きをしたことがわかってきた。中でも空軍のパイロットたちは、生まれ故郷とは似ても似つかぬ熱帯の空でミグ戦闘機を駆り、多数の米軍機を撃墜する戦果を挙げていた。

そして、そのことは現在に至るも、北朝鮮の外交戦略に少なからず影響を及ぼしているのである。(つづく

(宮本 悟 聖学院大学教授)

【連載:朝鮮人民軍 海外戦記】
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朝鮮人民軍 海外戦記

ベトナム編(1) ホワイトハウスに乗り込んだ北朝鮮「ベトナム戦争」の英雄
ベトナム編(2) ホー・チ・ミンから届いた「派兵要請」の親書
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中東編(8) 暗殺、亡命、失脚…北朝鮮空軍「中東派兵」立役者たちの運命

宮本 悟(みやもと・さとる)

聖学院大学基礎総合教育部特任教授。1970年生まれ。1992年、同志社大学法学部卒。1999年、ソウル大学政治学科修士課程修了(政治学修士号)。2005年、神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士号/政治学)。2006年から日本国際問題研究所研究員、2009年から聖学院大学総合研究所准教授などを経て、2014年から現職。

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